Mar 22, 2005

人権擁護法案の根っこ

人権擁護法案について、賛成・反対の議論がWeb上で積み重ねられている。
その論点の一つに、法案で「人権」というのが包括的に定義されている事がある。

確かに、包括的な定義は、法の抜け道を防ぐには有効だ。
だが、言論の自由という民主主義の根幹を成すものに対して、拡大解釈・恣意的運用が可能である包括定義でいいのかという問題がある。
そこで、賛成派と反対派の最大の違いは「人権」という言葉に対する信頼度のような気がする。

反対派は、基本的に人権という言葉を信頼していない。
つまり、人権という言葉が、似非人権団体や左派弁護士によって悪用されてきた歴史を知っているからだ。
それを列挙すれば暇がないが、櫻井よしこ女史の講演会中止事件、小人プロレス事件(*1)、似非人権団体による利権、出版における言葉狩り、手塚漫画などの黒人描写を差別として非難、カルピスマークの廃止、ちびくろサンボ絶版……。
あるいは、産経新聞には、こんな記事(これも人権侵害? 全国弁護士会、次々「勧告」(産経新聞3月19日=Sankei Web)もあった。

「人権」という言葉は、利権として悪用され、政治的主張実現のために悪用されてきた。
だから、反対派は「人権」という言葉での包括定義に反対しているのである。同じように悪用されるのではないかという疑念を拭いきれないからだ。
逆に、賛成派はそうした歴史を知っているのかどうかは別として、「人権」という言葉を信頼しており、「人権侵害」といえば、それは自明なもので、規制されてしかるべきだと思っている。
この溝は深い。

反対派の私からすると、賛成派の「人権」への信頼は楽観にすぎるように思うのだが。

*1……比較的知名度が低いと思うので解説。全日本女子プロレスには長く小人プロレス(ミゼットプロレスと「人権派」の横槍のために改称)を前座試合として行っていたが、身体障害者である小人を見世物にするのは人権侵害だという横槍が入った。そのため、後楽園ホールなどでは長く小人プロレスの試合を行うことはできなかった。 これについて、当の小人プロレスラーは、「自分達はプロレスラーであり、プロレスをしているところをより多くの人に見てもらいたい。これは逆差別だ」という主旨のことを発言していた。

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