Feb 08, 2005
釣りファンが誤解される
琵琶湖の外来魚、大津地裁が再放流禁止を「適法」判断(読売新聞2月7日=goo news)という判決が下った。
ブラックバスなどを釣った後の再放流を禁止したものだが、こんな裁判を起こしていては釣りファンの良識が疑われる。
原告は「バスフィッシングはリリースが前提。条例はバス釣り自体を禁止し釣りを楽しむ権利を奪うもので、幸福追求権を保障した憲法に違反する」「定置網を使った駆除では在来魚も混入し水増し請求されるなどして補助金支出は違法」と主張し、判決後には「釣った魚をむやみに殺したくないという釣り人の願いが届かず、大変、残念」という声明を発表している。
もう無茶苦茶だ。
確かに既存生態系の破壊は外来種によるものだけではあるまい。
しかし、外来種によるものが含まれていることは確実だ。
行政に「他の要因も取り締まれ」と要求するならともかく、「自分だけじゃないから見逃せ」などというのは、スピード違反で捕まったドライバーの見苦しい言い訳のようだ。
「バス釣り自体を禁止し釣りを楽しむ権利を奪う」というが、それは生態系の破壊よりも優先すべきことなのか? 「釣った魚をむやみに殺したくないという釣り人の願いが届かず」というが、その魚によって殺され、その水域での種としての存在が危うくなっている在来種はどうでもいいのか?
駆除方法も、世の中にはなかなか完璧なものはない。できるだけベターなものを選択しているにすぎず、その弊害よりも効果が大きいと判断しているにすぎない。
今回、訴訟をおこした原告は「釣り人」の代表であるかのように扱われているが、自己の楽しみを保護するためだけに理屈をこねくりまわして訴訟するような輩を“代表”とされたのでは、釣りファン自体が迷惑であろう。
この原告達には、もう一度、日本国憲法を熟読してほしい。
日本国憲法
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
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