Oct 25, 2004
新潟県中越地震
10月23日午後5時56分ごろ、新潟県中越地方を震源とする地震があり、同県小千谷市で震度6強を記録するという大地震となった。
いわゆる活断層型地震であり、マグニチュードは6.8ではあるが、震源が地表から20km程度と比較的浅いことから、大きな揺れに繋がったものと思われる。
また、震度6強が三度と余震の規模が大きい。
しかし、逆をいえば、これはエネルギーが分散して発散しているということになるから、一度に放出されていればもっと大きな地震になった可能性もあったところだ。
先のエントリで、災害時の危機管理について記載したが、残念ながら今回も危機管理の、少なくともソフトウェアはうまく回らなかった。
現在の報道でも多数の集落が孤立し、ライフラインが各所で寸断されており、自衛隊の救助活動は不可欠になっていることは判る。しかし、災害派遣要請が出たのは23日午後9時頃。既に震度6強という情報は午後6時30頃までにマスコミでも広く報道されていたところ。ましてや、震源地域は山間部で、先日の台風も考え合わせると、かなり土砂崩れが多くなっていることは、地元の人間であれば容易に想像がついた筈だ。あまりに遅すぎるといえるのではないか。
実は、災害派遣要請を出すべき新潟県知事は、平山征夫新潟県知事は24日までの任期、新知事の泉田裕彦氏(42才で現職最年少知事)が25日から就任という狭間期にあった。23・24が週末であったから、実質的に平山知事は22日で職務終了というような形であり、丁度、23日は事実上の知事不在という状況にあったことが推察され、それが対応の遅れにもつながったのではないかと思われる。
まさに危機管理能力の欠如だろう。
産経新聞10月25日の記事(陸自36分後ヘリ出動 県の要請前に活動)によれば、「事務方と自衛隊との調整が長引いたからだという」が、従来の災害派遣の事例からしても、要請そのものに手間取る理由としてはかなり苦しい。
さしずめ知事不在で、災害派遣の決断をできる人間がおらず、要請はできないけど災害派遣してくれ→それはできない(自衛隊で独断できないのはシビリアンコントロールの基本だ)みたいなやりとりか、新潟県側が手順をまったく理解していなかったとか、そんなくだらぬことではないかと邪推するが……
なにせ、同記事によれば、自衛隊側は6時には運用課長を長とする防衛庁災害対策本部を設置、同32分には最初の陸自ヘリが立川駐屯地から現地に向け離陸。続いて、海上自衛隊の哨戒機、航空自衛隊の救難捜索機も発進。7時には防衛庁災害対策会議(官房審議官主宰)を開催。七時半に陸自2普通科連隊(新潟県上越市高田駐屯地)から三十人の隊員が長岡市、十日町市方面に状況把握のため出発。同45分頃には30普通科連隊(新潟県新発田市新発田駐屯地)から県庁に連絡員を派遣したという。
防衛庁・自衛隊では阪神大震災時以降、内部規則を見直し、陸自の場合「震度5以上で航空ヘリの出動」「震度6以上で隊員の自主派遣」との即応態勢を取っているとのことで、少なくとも最低限の反省は生かされているようだ。
しかし、単体の組織の対応でどうにかなるほど、天災は甘くない。一刻も早く総合的奈危機管理態勢を確立する必要がある。
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