Sep 21, 2004
写真の現実と真実
米報道写真家、エディー・アダムス氏死去 71歳(産経新聞9月20日)という記事があった。
同記事中には、69年ピュリツァー賞受賞作品も掲載されている。彼がベトナム戦争中の68年、サイゴン(当時)でテト攻勢を取材中に南ベトナムのグエン・ロアン国家警察長官が、捉えたベトコン青年を白昼堂々と射殺する瞬間を撮影したものだ。
これは、ベトナム戦争に対する反戦論を大きく盛り上げた写真として有名である。
ちなみに、戦争後、ロアンはアメリカに亡命し、レストランを経営して余生を過ごすのだが、この事については黙して語らなかったという。
確かに、この写真は言い訳のできぬ“事実”を克明に記録している。
が、より詳細な報道をみてみよう。
丁度、ピュリツァー賞写真家のエディ・アダムス氏が死去(CNN Japan 2004/09/20)という記事があった。
ここでも同じく『ベトナム戦争の大義に疑問を投げ掛け、世界中に衝撃を与えたこの写真は、戦争反対の米国世論形成に多大な影響を与え、戦争を公に批判する声が高まった。』とされている。
しかし、『アダムス氏は後年、この写真の影響力に抵抗を感じるようになり、スタジオに飾ろうとはしなかった』と続く。
更には、『処刑された若者がベトコンの指揮官で、射殺される数時間前にグエン・ロアン氏の側近の家族を殺害したいたのだと説明し、「彼(グエン・ロアン)はヒーローだった」と主張していた。』『時によって、1枚の写真が誤解を生むことがある。写真は、物事の持つすべての物語を伝えないから」「彼(グエン・ロアン)の行動が正しかったとは言わない。しかし戦争中のことで、彼はかなり凶悪な連中と戦っていたんだ」と語った。』
影響力のある写真を撮った彼だからこそ、言葉に重みがある。
一枚の写真には、その瞬間の事実は伝えているが、その枠外にある真実までは伝えてくれない。
数多く示される様々な“証拠写真”も、必ずしも事実の全てを、真実を移しているとは限らないということを、(ほとんどの場合は)受け取り手である我々も、常に考えておかねば、時には誤解を、そして、時には送信者側の故意のレトリックにはまってしまうだろう。
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