Feb 19, 2006
目的のために手段は正当化されない
怪文書メール(と今のところはいっておこう)のためにブログ界隈やニュースをうろうろ。
その中で、気になった言説が二点。
・武部次男はすぐに帰国して否定会見をしろ
えーと、彼はこの件より以前から仕事で海外出張しているそうです。
海外と取引のある仕事だそうで、それ自体はあまり不自然ではないらしい。
いずれにしても、武部氏の政治の仕事とは別の仕事をしているわけです。
その仕事のために海外出張をしているのに、それを切り上げて帰るというのは、仕事を途中でやめてこい、といっているわけです。
じゃあ、それによる仕事の損失は誰が補償してくれるんですか?
それこそ、会社の命運をかけた仕事をしていて、帰国したために全てが台無しになって、会社倒産、従業員も路頭にまようとでもなった場合、誰が補償してくれるのですか?
こんな言いがかりで帰国させられていては、たまったものではありません。
ビジネスマンならわかりそうなものですが……。
そりゃ、もっとはっきりとした証拠があれば別ですけどね。
・国政調査権を使ってシロクロはっきりさせればいい
一見、もっともなのですが、これは危険な考えです。
民主主義国家、法治国家においては、手続は重要です。
例えば、刑事訴訟法により、結果として正しい証言であったとしても、拷問によるものであった場合、証拠能力はないと規程されています。
つまり、証拠にならない「言いがかり」で国政調査権が発動してしまうという前例をつくるのは非情に危険。権利の濫用である。ましてや、相手は政治家の息子とはいえ、市井の人間だ。
これが是とされるのであれば、どんな言いがかりでも、誰にでも、国権による調査ができてしまうではないか。
例えば、自民党がメールをでっちあげて、「朝鮮総連から民主党の前原代表に振込みがあった」と主張すれば、総連と前原代表を調査してよいということか?(やってほしいけどw)
というわけで、今のところ、民主党が確たる証拠だすというのが、最も優先されるべき事項である。
仮にあとから証拠がでてきたり、実際に金の受け渡しがあったのだとしても、証拠もないうちから国政調査権の発動を求めたり、立証責任を相手に押し付けたりする民主党の手段は決して指示できないし、批難されてしかるべきだろう。
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