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Infoseek ޲٣

Nov 05, 2004

香田氏を悼む

イラクでテログループの人質となり殺害された香田証生氏の遺体が故郷に戻り、お通夜(キリスト教式なので、正式には前夜式)が営まれた。引き続き告別式がとり行われる。
今回のエントリには、以前の繰り返しになる部分もあるが、まとめとして書かせていただく。

香田氏の行動は、やはり、無謀にすぎたといえる。
私は以前、自己責任について“要は「自分のケツは自分で拭け」ということ”と記した。そして“リスクを正しく把握していたか?”“「覚悟」ができていたか?”という二点をあげた。
この基準からすると、今回もやはり、自己責任の範疇であったといえる。香田氏はリスク把握も覚悟もできていなかっただろうことは、目撃者や証言から推測できるからだ。
しかし、拉致された映像で一言挟まれた「すいません」という言葉に、彼の反省と──これからおこることへの覚悟が籠められていたような気がする。

そして、香田氏の両親も立派だった。
事件当初から、“覚悟”をしていたことがうかがえていたが、最悪の結末を迎えてなお、恨みごとの一つもいわず、「皆様には、多くのご心労をおかけしました。また、ご支援いただいた多くの方々に、心から感謝申し上げます」と周囲への謝意を示すコメントを発表しているのだ。
4月の最初の人質事件の家族と比較するのも憚られるが、格というか器が違う。
かつて、日本人は、もっとこうした尊厳をもっていたと思うのだが。

更にはネット上に出回った香田氏の殺害シーン(私はあえて“処刑”という言葉は使わない。彼は刑を処される理由がないからだ)をDVDにしてオークションに出したという事件も発生した。
テロリストは、信念や彼らなりの正義をもって(間違っているとはいえ)行動している。だが、これは、ただの金儲けであり、テロリスト以下、鬼畜以下の所業だ。
出品者が誰だかはわからないが、怒りを通り越して呆れ、悲しくなる。

「大辞林 第二版」(三省堂)によれば、責任とは「自分がかかわった事柄や行為から生じた結果に対して負う義務や償い」となる。
香田氏の拉致殺害という結末は、まさに自身の行為から生じた結果に対して負ったことであり、香田氏の自己責任といえる。
だがしかし、それと犯罪行為の評価は別だ。
テログループの行動は、決して過失などではなく、明らかな故意。それもソフトターゲットを狙ってのものである。香田氏の自己責任によって、その犯罪が免責されるものではない。
「危険地域に無防備に飛び込んだ結果、事件に巻き込まれた」ことは批判・非難されるべきことである。しかし、同時に「一民間人を拉致殺害する」ことは、より以上に非難され、日本人の怒りの対象になるべき犯罪である筈だ。
そして、テロリストにより惨殺された同胞の死を悼む。
それは当然のことだと思うのだが。

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