Dec 14, 2004
トヨタカップを呼んだ男たち
トヨタカップを呼んだ男たち(Sportsnavi=『サッカー批評』25号掲載「トヨタカップ、24年目の証言」より)の記事を読んだ。
この話の中に出てくるペレの引退試合、三菱ダイヤモンドサッカー、雪の中のトヨタカップ、みな懐かしい。
当時、日本サッカーは白と赤の代表ユニフォームに、一般に知られている選手は釜本だけ。日本リーグの観客席には閑古鳥がなく、サッカー冬の時代であった。
幸運もあって、トヨタカップが開催されるに至るストーリーは、記事を読んでもらうととして、各人に共通しているのが「世界レベルの生のプレイを日本人に見せたことが今日に繋がった」と証言していることだ。
日本代表はアジアでこそ強豪だが、世界レベルではまだまだ中堅。Jリーグもバブル崩壊後は大物外国人は招聘できず、世界レベルには届かない。
それでもトヨタカップは空席があり、Jのチャンピオンシップは満員になるという24年前とは「逆」になるに至った。
大物日本人選手は海外リーグに次々と“流出”していても、それはJの衰退ではなく日本サッカー界の興隆ととらえられる。
大リーグへの人材流出で人気低下といわれ、どうやったら流出を防げるかという内向きな議論に終始する日本野球界には大いにヒントになるのではないだろうか。
閑話休題。
今大会でトヨタカップは終わった。
そして、来年から欧州・南米以外の地域も参加する「世界クラブ選手権」に移行する。
当然、Jのチームがアジア代表として参加することもできる。
そして、世界クラブ選手権優勝をJが成し遂げられたときこそ、トヨタカップは日本サッカー界のマイルストーンとして歴史に刻まれるに違いない。
日本代表のW杯優勝、Jチームの世界クラブ選手権優勝。
この2つを“夢の両輪”として日本サッカー界は進んでいくのだろう。
願わくば、生きているうちにかなうことを……100年計画じゃ、ちょっと人生足りないかな。
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