Dec 24, 2005

犯罪被害者匿名発表

警察発表において、犯罪被害者を匿名にしようという動きが進んでいる。
事件発表:猪口担当相「被害者が希望すれば実名発表」(毎日新聞12月20日)
しかし、珍しく大マスコミと意見を同じくし、私はこの匿名発表には反対である。

犯罪被害者が匿名になるということは、その事件に対するトレーサビリティがなくなるということである。裏づけがとれない犯罪は、フィクションとなんらかわらなくなる。
大マスコミは警察(政府)に都合の悪いことは匿名発表になり事実を隠される恐れがあると、反対の理由をあげているようだ。
もちろん、それもある。
だが、これを“利用”できるのは何も権力側だけではない。

例えば、被害者が匿名発表を希望し、犯人が未成年だった場合、被害者も犯人もわからなくなる。これでは、いくらでも捏造報道が可能であろう。
あるいは、匿名被害者であれば自作自演を見抜くことも難しくなる。報道されきったところで被害届の取下げでもすれば、捜査はまぬがれ、事件報道だけが残る。右から左、カルトまで、いくらでも悪用できそうではないか。

ただし、マスコミも主張するばかりでなく、反省をしっかりとしてほしい。
マスコミが権利を濫用し、被害者に対して被害を与え続けてきたからこそ、こうした匿名発表という話が出てくるのだから。

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Dec 21, 2005

琉球独立希望

「沖縄独立を」25% 4割「沖縄人」と認識(琉球新報12月20日)という記事を見た。
突っ込みどころ満載で苦笑する。

同時にアンケートをとったのが、台湾、香港、マカオ。香港とマカオで、正確な“民意”が出るわけがない。台湾でいう「独立」は沖縄がいう「独立」と全く意味合いが異なる。
つまり、比較できないところと比較しているのだ。
比較として考えるのであれば、北海道(アイヌ民族を中心に)などではないだろうか?

次に表題にもなっている点。
「アイデンティティーの基本構造としては、4割が「自分は沖縄人」と回答。一方で、「日本人である」が21%、「沖縄人で日本人」が36%」
他のきちんと%単位であるのに、「自分は沖縄人」だけ大雑把になっているのがあやしいが、それはさておこう。
いずれにせよ、アイデンティティに「日本人」を入れている人は57%になり「沖縄人」とだけこたえている人より多いという突っ込みもあるのがまず笑える。
加えて、他の地域と比較しなければ沖縄の特異性があるのかどうかまったくわからない。
首都圏のような地方への帰属意識が薄いところと地域意識が強いところ──例えば名古屋圏との比較、農業主体地域との比較、そういうものがなくては意味のないアンケートである。もしかしたら、「日本人」をいれてこたえる人の割合は沖縄より低いのかもしれないのだ。そうしたら、沖縄人は他の地域より日本人を強く感じる、などということになり、記事の意味合いはまるで異なってしまうだろう。

「スポーツで沖縄チームと日本チームが対戦した場合、「沖縄チームを応援する」が93%とほとんどを占めた。」
……いや、普通そうでしょう。
「日本代表」と「自分の住んでいるところ代表」が戦うんだから、自分の住んでいるところ代表を、判官びいきも含めて応援するというのは当然で、設問の意義がまるでわからない。

で、結論が「政府の政策、特に基地政策がどのように改善されるかによって、独立に対する意識も変わってくる可能性がある」って……。
米軍基地が沖縄にあるのは、その地政学的な位置の問題だから、そこが日本だろうと琉球共和国であろうと、基地を要求することにはかわりないんですけど。
基地に対する地元の意見が通らないから独立したいってことですか??
そうだとすると、「独立を望む理由としては「沖縄の政治、社会的状況が本土とは違う」が最も多かった」という冒頭と喰い違うのですが……。

こんな新聞ばかり読まされている沖縄の人は可哀想である。

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Dec 20, 2005

ゲームは子供に悪影響?

ちょっとネット上でのソースがみつからないのだが、昨日、TVニュースで「ゲームは子供に悪影響を与える」という調査結果が出たという主旨の報道がなされていた。
この調査結果によると、ゲームを1日2時間程度しかしない子供の場合、気に入らない相手がいた場合「誰かに相談する」「我慢する」という回答が上位にくる。しかし、1日4時間以上ゲームをする子供の場合は「殴る」といった回答が上位にくる。
これをもって、ゲームを長時間やってる子供はゲームに悪影響をうけ、キレやすくなっている、ということがいいたいらしい。

えーと?
これは因果関係を立証していない。
いくら子供といえども、1日平均で4時間以上ゲームをやるというのは、かなりのものだ。17時に学校から帰ってきたとして、21時まで。メシと風呂に1時間とられたとしたら、22時までゲームをやっていることになる。
これはかなりのやりこみ具合だ。
TVも見なければ、宿題や家の手伝いなどをしている暇もあるまい。

つまり、1日に4時間以上もゲームをしているような子供は、自制心に欠けるのではないか、という疑念が沸くのが当然はないか。
つまり、自制心に欠けるから、「ゲームを長時間プレイ」し「キレやすい」という回答が上位にくるのである。

この調査とやらの結果(が正しいとして)いえるのは「ゲームを長時間やる子供=キレやすい」というであって、「ゲームを長時間やるのが“理由で、キレやすい」ではない。
最初に結論ありきでやっているから、こんな自明のことがわからなくなっているのだろう。

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Dec 19, 2005

運動における陰謀論

「陰謀論」という言葉を、ここでは「ある事象に対して、それを推進・引き起こしたのは、直接的に表にでてきない、ある団体(グループ)だと論じる」ことと定義する。
例えば「アメリカのイラク戦争はユダヤの陰謀だ」とかいうやつだ。

この陰謀論にはソースがある場合と、ない場合がある。
ソースがないまま、状況証拠と推測から積み上げていくと、世に言われるトンデモ本が出来上がる。もちろん、説得力のある推測(推論)ができるのであれあば、「日本の黒い霧」(松本清張)になるのだが。

一方、ある程度のソースが存在する場合がある。
「郵政民営化はアメリカが要望していた」というようなものだ。
この場合、陰謀論はある程度はあっているということになるが、どの程度の“影響力”があるのかはまた別途検討する必要はあるだろうが。

さて、ここで遡上にあげたいのは、後者の場合である。
少なくとも「積極的支持」を表明していれば、その事象は、その団体にとっては有利に働くものであるといえる。
そして、その団体が「よからぬ団体」である場合、その事象を実現することは、一般大衆にとってどうなのか? という疑念が沸くというのは当然だ。
これは、個人レベルでは十分な動機になる。
が、必ずしも社会レベルでの動機には足りえない。

前置きが長かったが、「人権擁護法案反対」を訴える人の中には「部落開放同盟が法案を支持しているからあやしい」というように法案支持団体を理由をあげる者もいる。
先にも述べたように、これは個人レベルでは反対の動機にするには十分だ。
また、自分と思想を同じくするもの──その団体について見方を同じくするものにとっては、動機付けすることができる。
だが、人権擁護法案反対を運動として広げていこうとするのであれば、政治や社会に対して特別に関心がない人を巻き込んでいかなければならない。
その時、「陰謀」を行っている団体は“一般人”にとって、脅威として捉えられている団体だろうか?
もし、捉えられていなければ、ある団体の誹謗中傷としてとらえられ、逆に法案成立に世論を傾かせかねないだろう。

あるいは、その団体がいくら“悪の団体”だったとしても、支持している事柄までもが“悪”であるとは限らない。
例えば、オウム真理教は世間的には“悪の団体”だが、彼らが主張する“信教の自由”は(自己防衛のための利己的動機であっても)保障されるべき事柄である。
また、暴力団(ヤクザ)はその儀式の形式として神道を用いる場合が多いが、だからといって神道が非難されるのはおかしいだろう。

人権擁護法案反対の声を広く一般市民に広げていこう、というのであれば、陰謀論を展開していくことはマイナスだ。
あくまで法案の中身に対する評価で、反対運動は広げていくべきだろう。

Dec 14, 2005

塾講師による生徒殺害事件

幼い子供を狙った痛ましい事件が続いてる。
9日、塾講師によって生徒だった小学校6年生の女児が殺害された。

動機は不明ながら「折り合いが悪い」というのは以前からとされている。報道を信ずる限りは、イジメ(パワーハラスメント?)といえるような仕業があったということだ。
また、一部では「好意をもっていたが“ふられた”ので、イジメはじめた」という報道がある。
いずれにしても、子供相手にムキになっているというか、同じ目線で喧嘩している。

一部報道が事実だとすれば、彼の性的嗜好がロリコンだとかいった話になっていくのだろうが、本質はそこではない。
「自制」できるのか、「立場」にふさわしいふるまいができるのか。
そこが問題だ。
“社会”よりも“個人の権利”を優先するかのような教育。
“子供”を“大人と同じ”とする教育。
そうした教育の負の面が、「個人」を「自制」できず、「子供」と「(大人である)自分」を同レベルとして行動した今回の事件に繋がっているように思えてならない。

その事と関連しているのかもしれないが、この犯人のもつ「二面性」というのが指摘されている。熱心で優秀な講師という顔と、今回の事件。
が、考えてみると、これは二面性ではないのではないか。自己愛、あるいはエゴだということで一貫性をもっているのではないか。
つまり、講師としての「熱心さ」は教育に熱心なのではなく、自分の評価を向上させることに熱心なのである。
だから、自分の評価を貶めかねない生徒──学業が伸びない、指導に従わない生徒は、彼にとってはなんとしても解決せなばならない。「自分の評価を向上させることに熱心」の行き着く先が生徒の殺人だったということになる。
もちろん、理性的に考えれば、殺人などしたら「評価」など吹き飛んでしまう。
が、それは「殺人をしたから」であって、彼が今まで評価されてきた能力とは別の理由である。だから、彼の“評価”は守られる。
こんな風に思えてならない。
いずれにせよ、何ら正当化できるような事ではないが。

また、「塾の危機管理」の問題もクローズアップされている。
確かに、以前、学校内で生徒同士による殺人事件というものもあったのだから、“最悪”を想定するという危機管理の要諦からすれば、塾側の危機管理能力という問題が浮上するのは当然だろう。
しかしながら、それをしたり顔で批判する“コメンテーター”という連中は何なのだろうか。彼らは事前にそんな事を予想し、警鐘を鳴らしていたのだろうか?
事がおきてからあれこれいうことはたやすい。危機管理についていえば、彼らもまた“同罪”といえよう。
実際、今回の事件ではかなりの計画性が指摘されている。そうである場合、どんなに警戒したとしても“最初の一撃”を防ぐことは困難だ。
今回も塾側は生徒と講師が一緒にならないように指示を出しているのだが、それをあえて無視されるとなると、指示された以外の行動はとらないように強制排除するような仕組を考えねばならなくなる。だが、アルバイトを相手にそこまで厳格な就業を要求するのは社会的に困難だ。サービス出勤、サービス残業ですら当たり前なのが日本社会なのだから。
突き詰めれば、塾という形態を捨てて、在宅リアルタイム通信授業にでもしない限りは安全性の確保は不可能だ。

それでも、できる限りを求めていけば、最も留意しなくてはいけないのは“人”だということになる。
今回の犯人は、以前よりこの女児と問題を起こしている一方、一般的には評価がよかった、とされているようだ。
この件だけをもってして解雇というのは難しそうである(もっとも、そうしていたらいたで、別の形で生徒が“襲撃”されていた可能性が高いように思えるが)。
一方、犯人は在籍する同志社大学内で事件を起こしている。女子学生の財布を盗もうとして、警備員に咎められてこれを殴打したというのだ。強盗未遂として、刑事事件となり、執行猶予付の判決をされている。大学側からも停学処分が言い渡されている。
この塾に採用されたのは、この停学期間中だったという。
もし、塾がこの事件を知っていたら、果たして採用していただろうか?
だが、個人情報保護法が施行された今、停学はおろか、大学に在籍しているのかどうかすら、本人からの確認によるしかない。
個人情報のトレーサビリティを低くするのが個人情報保護法の狙いでもあるが、社会を構成していく上で必要な情報も遮蔽されてしまってはいないだろうか。
実名のトレーサビリティがなくなれば、それは限りなく匿名社会に近づく。
運用面での齟齬もあるのかもしれないが、それを含めて、個人情報保護法を見直す必要があるのではないだろうか。

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Dec 09, 2005

開戦記念日

日付が変わってしまったが、12月8日は64回目の大東亜戦争開戦記念日である。

私のような世代からすれば、歴史上の出来事だが、未だ日本人の平均寿命より短い年月しかたっていない。
平成16年現在、男性が78.6歳、女性が85.6歳だから、まだまだ多くの人が戦前生まれであり、また、戦争の記憶をもっていることになる。
が、軍人経験者となると、既に平均年齢を超えている。
戦友会なども維持できなくなり、次々と解散している。
本来ならば、自衛隊のOB組織と合流して一貫した“退役軍人会”にできればよいのだが、自衛隊が軍隊ではないという建前上、それも不可能だ。

時期的に考えれば、この数年が“前線”“戦地”経験者の声を聞くことのできる最後の時期となろう。
私のような戦後生まれの人間は、どこかで「最後の帝國陸海軍軍人」を見送らねばならない。
せめて、そうならないうちに、彼らの、今まで黙殺されていた声を拾い上げていかねばいけないだろう。

そうした声を、今、最も手軽に入手できるのは、光人社/潮書房の雑誌「丸」だろう。
ミリタリ少年入門編として有名な本で、最近では分量も減ってしまったようだが、必ず旧軍人・軍属の手記が乗っている。少し大きな本屋でなら取り扱っており、知らなかった方は一度、手にして見てはどうだろうか。




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