Sep 30, 2005

石綿騒動

石綿=アスベストによる健康被害が急に取り沙汰され、様々な対応が行われはじめている。
この騒動に若干の疑問を私はもっている。
石綿工場近隣住人の中皮腫を、工場の石綿に起因すると企業が認めたことから、一気に火がついてキャンペーンがはじまった。だが、石綿の危険性は早くから指摘されている。
実際、1975年・吹きつけアスベストの新規使用禁止、1988年・学校の吹きつけアスベストの制限、1995年・解体改築時のアスベストを記録義務付などというように、行政による対策も不十分といわれながらも、行われてきた。特に88年の対策時は前年からかなりの報道もされており、石綿=危険という認識自体は広まっていた筈だ。

今回の“キャンペーン”は工場従事者などではなく、その周辺住人という、いわば「無関係な人を巻き込んだ」ことがセンセーションになっている。
が、その後の方向が行政バッシングにはいかず、むしろ行政側が整然と対応している感すらある。
これは、あらかじめ図られたタイミングだったのではないかと邪推してしまうほどだ。

もう一つ、マスコミでの“煽り”が気になる。
盛んに「石綿は危険」を訴えるのだが、どのくらいの程度が危険なのかさっぱりわからないのだ。
石綿工場に長期間勤務すれば、飛散しているだろうし、危険なのはわかる。
一般家庭であれば、飛散は少ないかもしれないが、長期・長時間に渡っている場所なので、危険性は高そうだ。
学校の体育館は、そこに児童がいるのは平均すれば週に2~3時間くらいだろうか。それが最長の小学生で6年。これでもう危険なのか?
自転車のブレーキの石綿からはどのくらい飛散するのか、おそらく微量の筈だが、それでも危険なのか?
学校の理科の実験で、目の前で石綿付金網を使っていたが、そんなちょっとでも危険だったのか?
さっぱりわからない。
いたずらに煽りたてるだけでなく、正確な情報を伝えてほしいものだ。

Posted at 10:59 in 社会 | WriteBacks () | Edit

Sep 22, 2005

惨敗の奇妙な言い訳

臨時国会が開幕し、各種メディアでの“選挙総括”も一通り終わった感がある。
様々な意見が出ているが、民主党支持者の一部には、醜態といっていいような見苦しい“言い訳”している例がある。
その中でも特に疑問に思うものをとりあげて、批判をしてみたい。

・小選挙区制の欠陥
議席数の違いほど、得票率は開いていない。これは小選挙区制の欠陥に乗じて自民党が勝利しただけで、民意を反映していない──というものだ。
まず、これが小選挙区制度の欠点であることは、私も大いに肯定する。
ただし、この制度は、それをわかっていて取り入れられたものだということを忘れてしまっては困る。
小選挙区制度は政治改革を図るという目的のもと、政策主導、金のかからない政治、政治のダイナミズム(導入当初でいえば、55年体制打破)をメリットとして掲げて導入されたものである。
「金」に関してはあやしいものの、マニュフェストが積極的にいわれるようになり政策はずっと表にでてきた。また、自民党内の派閥も崩れはじめ、党主導の選挙になりつつあり「政策主導」は実現しつつある。
また、今回の自民党大勝はまさにダイナミズムの実現であり、小選挙区制のメリットはきちんとあらわれているといえよう。
裏を返せば、野党にも「大勝」の可能性があるということが証明されたわけであり、そうした導入当初に予想したとおりのメリットとデメリットが出たことを、民主党が大敗したからといって騒ぐというのは見苦しい(選挙前から指摘していたというのなら別)。
第一、前回までも“民主党躍進”も小選挙区制度下のものであり、小選挙区制度の欠陥を指摘するのであれば、民主党躍進にも疑念を抱かねばならないだろう。
そもそも、大選挙区制でも中選挙区制でも、それぞれにデメリットがあり、ベストの選挙制度は存在しないというのが常識である。デメリットだけをあげつらっても意味がない。
各制度も含めてメリット、デメリットを比較して論じなければ意味をもたない。

・マスコミが自民寄り
今回は刺客騒動に対する報道など、自民党の戦略にはまった感は否めない。
しかし、当サイトでも社説分析をしたように、マスコミのスタンスは朝日を中心に反自民(小泉)のものも存在した。
私は「ベター」という意味で、自民党を支持しているが、その目から見れば民主党(野党)寄りと思われる報道が多かったような印象をうけている。
かつて、93年にテレビ朝日・椿貞良取締役報道局長が、民放連・放送番組聞査会で総選挙について「非自民政権が生まれるよう報道せよ、と指示した」と発言したことが問題になったが、TBSの石原都知事発言捏造問題、03年のTV朝日における藤井孝男元運輸相の発言合成事件、また同年同局の衆院選中の民主党「菅内閣閣僚名簿」の長時間放映など、「反保守」報道は綿々と存在する。今回の開票特番でも、自民党躍進に苦々しいコメントを吐いていたコメンテーターを擁する番組があったことで、各局のそれまでの報道スタンスもすけてみえようというもので、自民党一片よりでなかったことがわかろう。 また、これについても、少なくとも上記で触れた93年の第四〇回総選挙の結果についても批判されるべきであろうし、「民主党寄りだ」と自民党が批判している前回までの選挙時の報道についても分析をするべきであろう。
それをせずに今回だけを批判しても、「ためにする」批判としかみえない。

・IQが低い、低所得者が自民党を支持した
この情報が真実かどうかは別として、それで自民党が勝ったことがなにか悪いのでしあろうか? IQが低かろうと、低所得であろうと、ニートであろうと、老人であろうと若者であろうと、成人であれば等しく一票をもつのが普通選挙制度であり、彼らの票はまぎれもなく“民意”だ。
もちろん、普段から制限選挙制を唱えているのであれば、大いにこういう主張をされるべきだが。
それにしても、これが事実だとするのであれば、反小泉派がしきりに主張している「小泉政治は切り捨て政治、勝ち組優遇政治」というものが、その切り捨てられる筈の層に指示されたという、誠に奇妙なものになる。

もちろん、まともな民主党支持論もある。
「ベター」を選ぶのが選挙だとするならば、民主党がやるべきことは「自民党への攻撃」ではなく、「自民党よりベターな政党になること」だ。
支持者の方々も、そこに向けての議論をしていくべきではないだろうか。

私が望むことは“日本がよりよい方向にすすむこと”であるので、自民党より民主党がベターな選択肢になるのであれば、それは、大いに歓迎し、投票しようと思っている。

Posted at 10:23 in 政治 | WriteBacks () | Edit

Sep 21, 2005

これは捏造ではないのか?

なにげなく毎日に目を通していて驚いた。
近聞遠見:「平伏」ムードのなかで 岩見隆夫(毎日新聞9月17日 = MSN-Mainichi INTERACTIVE)というコラムの内容だ。

 自民党圧勝ショックのさなか、1枚の報道写真がひとしきり永田町の話題をさらった。テレビでも騒がれた。

 写真の撮影時間は12日午後2時31分。圧勝の記者会見を終えた小泉純一郎首相が、例の上着なし、速歩スタイルで自民党本部の会見室を退出する場面。その一瞬を毎日新聞の川田雅浩カメラマンがとらえている。

 翌朝、同紙1面中央に大きく載った写真を、だれもが

 「ほお」

 と見つめた。小泉を、イスから立って見送る黒っぽい背広姿の自民党首脳陣約10人の、腰のかがめ方が気になったからだ。

 青木幹雄参院議員会長がもっとも深く約70度、片山虎之助参院幹事長50度、与謝野馨政調会長30度、……。しかも、写真の横には、

 <強い首相 与党は平伏>

 と企画記事の見出しまでついていたから、強烈だった。

 ところが、数日後、自民党の某実力者(その場にはいない)が笑いながら言うのを聞いた。

 「錯覚だよ。あれはね、腰を下げたところじゃなく、上げるところです。年を取ると、イスから立ち上がるのもすっといかない」

 なるほど。改めて写真を見直すと、武部勤幹事長、安倍晋三同代理らは真っすぐ立ち、中川秀直国対委員長はむしろ胸をそらしている。若いほど立ち上がりやすい。青木、片山の同世代としてよくわかる。

 それだけの話だが、<平伏>でないことはわかった。映像、写真のこわさでもある。

(後略)

元記事はこれ。
写真は掲載されていないのだが、これって、捏造の自白じゃないのか!?
よくいっても、悪質な印象操作をしたということの公言だろう。
そういう行為をしたのもさることながら、恥ずかしげもなくこういうことを書けるというのが信じられない。
マスコミの倫理のなさをよくあらわしているではないか。

追記:
コメント欄の通り写真を発見したのだが、キャプションは「記者会見を終えて会場を出る小泉首相(右側)と頭を下げて見送る自民党幹部たち」になっている。 これは捏造確定だな。

Posted at 12:06 in 社会 | WriteBacks () | Edit

ネット保守=反体制派

ネットウヨ(右翼)、ネット保守などという言い方がネット界で使われるようになっているようだ。
実際、ネットでも自民が圧勝 支持ブログ、民主の2倍(共同通信9月16日 = Yahoo! NEWS)というように、統計的にもネット上で自民支持という“保守優勢”の結果がでている。

この“保守”の増加の理由はいくつかあるだろう。
その中の一つに「反体制派である」ということをあげたい。

世の中の傾向として、若年層は“反体制”に走りやすい。
かつての日本での学生運動もそうであったし、韓国の学生運動は現在進行形。
中共では、天安門事件に象徴される逆のベクトルでの学生運動がある。
ネットいう若年層が多い世界においては、そうした“反体制”の意見が多くなるのは必然であろう。

そして、もう一つ、ネットではマイノリティの意見が増幅されやすいという傾向がある。
これは、マジョリティーは現状に満足しやすく、自ら行動することが少ないのに対して、マイノリティーはマイノリティーであることによる不満から、自ら積極的に行動しているからだと分析できる。
ネット上では、実社会における自己を同一されにくいため、しがらみから離れた行動がしやすいからだ。
また、インターネットは検索性に優れるため、マイノリティはマイノリティ同士と出会いやすく、その行動が加速される(毎日会う相手より、たまにあう友達との方がはしゃぎすぎてしまうというやつだ)。

つまり、“保守”は『反体制』で『マイノリティー』であるということを、インターネット上で保守が強い理由の一つとして私はあげるのだ。
もちろん、“保守”とは一般に親体制である。実際、小泉氏は首相であるし、自民党は安定多数をもつ政権与党である。
では、どこが『反体制』で『マイノリティ』なのかといえば、第四権力とまでいわれる『スコミ』に対してだ。
ネット上の保守系言論の多くは、メジャーマスコミに対する批判・批難がセットになっている(このブログもそうである)。
メジャーマスコミ、言論人(特に朝日、毎日系)の多くが『反権力』を売り物にしている現状の中、『反権力』権力に対する『反体制』=保守、という構図だ。
もし、朝日・毎日(+共同?)がこれほど力をもっておらず、産経・読売のような報道内容しかメジャーマスコミが報じていなければ、保守はマジョリティとなり、保守系言論はこれほどネット上に溢れていなかっただろう。
そして、『反体制』『マイノリティ』として、朝日・毎日系言論がネット上で優勢になっていたのではないだろうか。

Posted at 11:55 in 社会 | WriteBacks () | Edit

Sep 20, 2005

新人議員は小泉派?

大量当選した自民党の一年生議員達について、派閥への加入を禁止し、党主導で新人研修を行うことについて、「小泉派の旗揚げ」などと一部で言われている(→毎日新聞9月20日
もし、旧来の派閥主導型を認めていたら、それはそれで「派閥政治はなくなっていない」などと報道したのだろうから、どちらにしても“叩こう”という意図は明白だ。

いずれにしても、この新人議員への党による囲い込みを「小泉派」と称することは、旧来の派閥の意味でいうならば、間違いである。
旧来の派閥の「金とポスト」は、この新人議員たちには「党」から与えられることになるからだ。
小泉総裁が退任すれば「金とポスト」は新総裁の意向に従って分配されることになる。独自の(子分を養うほどの)資金源をもたない小泉総裁では、総裁退任後も新人議員団を派閥として維持することは不可能だ。
従って、これを「小泉派」とするのは、無理がある。

ただ、新人議員の中には、小泉総裁の理念に共鳴したという人物が少なからずいる訳で、そうした人物が政策本位で小泉“元”総裁となっても、行動を共にする──本来の意味での政策集団としての「小泉派」の形成の可能性はある。
それを「派閥」という言葉を使って呼ぶのかどうかはまた別だが、少なくとも“旧来の派閥”ものとは一線を隔することになるだろう。

Posted at 10:54 in 政治 | WriteBacks () | Edit

Sep 16, 2005

「自民党をぶっ壊した」のは誰か

まだ完全とはいえないが、派閥連合党といわれていた自民党において、派閥の影響力が低下し、総裁主導の党に変貌を遂げようとしている。
今後、自民党の総裁が同じ方針をとるのであれば、金とポストの分配機構としての派閥は壊滅するだろう(それでも政策集団としては残るだろうが)。

語られ尽くしていることではあるが、自民党における派閥というものは、もともとは総裁候補と、それを総裁に押し上げようとする支援者たちの集団としてはじまった。自由党時代の鳩山一郎派がその代表格といえよう。
その後、保守合同までいくつかの政党を合併していく過程で、旧所属党の思想を引き継ぐなどして政策集団としての性格が強い派閥も出てくる。旧国民協同党系となる三木派などはそれにあたる。
その後、55年体制下の自民党安定政権となり、自民党総裁=内閣総理大臣となることから、党内抗争のための派閥という性格が強くなっていった。

派閥の力の源泉は金とポストである。
選挙にも普段の政治活動にも、とにかく政治には金がかかる。いわゆる給料だけではまったく不足なのだが、力もない若手議員には、献金もほとんどない。そこで、集金能力のある大物政治家が、資金援助を行う。見返りは、来たるべく総裁選びでの派閥領袖への支援だ。
当選回数を重ねて入閣などポストを狙う議員となれば、今度は、派閥に資金を献上することになる。こうした“派閥への貢献”に応じて、派閥領袖が党内政治力で獲得してきたポストが、割り当てられていく。

田中角栄派が党内最大派閥として君臨できたのは、地域利益誘導型政治を完成させることで得た強力な献金網を武器に多くの議員に金を潤沢に分配できたことによる。そうなれば、当選回数を重ね、力をつけてきた議員達が派閥に貢献することで、また派閥の力が増す。この“好循環”によったものだ。

三角大福中の怨念と抗争にまみれたとまで言われた派閥政治を終わらせるために必要な第一歩は小選挙区制の導入であった。
中選挙区では、一つの選挙区に複数の候補が当選できる(例えば、福田赳夫と中曽根康弘、小渕恵三は同じ群馬3区を選挙区としていた)。そのため、共倒れさえしなければ、一つの選挙区に自民党候補を複数人たてられた。派閥同士の利害が衝突しにくくなるため、派閥間の談合で候補者が決まっていったのである。
ところが、小選挙区となると、一つの選挙区で一人の候補しか当選しない。
こうなると、利害関係が直接、衝突してしまうから、派閥間では調整ができなくなり、党が候補者の絞込みを主導することとなる。
これは、候補者に対する党の影響力を強くするとともに、従来、派閥が自派閥要員の獲得のために行ってきた新人議員の発掘が党主導に移行し、派閥のしがらみのない候補者が増えることを意味する。

この小選挙区制の導入については小沢一郎に大きな功績があった。彼は他にも国会の政府委員制度(大臣のかわりに官僚が答弁する制度)の廃止や副大臣制の導入など、政府権限の強化に取り組んでいた。それが今回の民主党敗北の原因になっているのだから、皮肉なものだが……

小選挙区制が導入されても、派閥がすぐに力を失わなかったのは、まだ金とポストが残っていたからだ。
そのうち、金に大きなダメージをうけたのは、“不景気”である。
不景気による財政悪化で「構造改革」とされた一連の民営化や公共投資の抑制が余儀なくされ、誘導すべき利益が著しく減少してしまったからだ。
そして、最後の牙城、ポストについても、それまでの派閥の弱体化を背景に“一本釣り”で組閣することに成功。
これでにより、従来の意味での派閥の瓦解は決定したのである。

つまり「派閥連合党」としての自民党を“ぶっ壊した”のは、時系列順にいうと、小沢一郎、不景気、小泉純一郎ということだ。
ただ、小沢と小泉の境遇がまるで正反対になってしまったわけだが……

Posted at 13:39 in 政治 | WriteBacks () | Edit

Sep 15, 2005

野党再生への道

総選挙で惨敗した野党。
日本全体のことを考えれば、あまりに力がないのは困る。
既に天然記念物な社民党や、イデオロギーに殉ずる共産党はどうにもならないので、民主党と、国民新党・新党日本について見ていこう。

民主党惨敗の理由は、政策(マニュフェスト)が評価されなかったこと、その政策自体がブレたこと=票ほしさで場当たり的対応を繰り返したことに大きく求められるだろう。
自民党を熱狂的に支持したというより、民主党があまりにふがいなく、自民党しか入れることができなかったという層が、この自民党大勝を演出した大きな要因として考えられるからだ。
様々な閉塞感から、今、日本の国民は変化を求めている。
なのに民主党は票がほしいために発言がブレる、実現性のない、あるいは国益にかなわない政策をふりまわす、支持団体におもねる、守旧派政党としてみなされているのだ。
これを改革派政党に変えなくては、民主党の浮上はない。
が、どうもわかっていないらしい→民主代表選、前原氏が立候補へ 野田氏出馬せず一本化(朝日新聞9月15日 = asahi.com)
かつて、森総理擁立を密室政治として批判していた民主党が、同じことをやっている。
自民党は、森後継を総裁選挙として一般党員による選挙を行い、従来の自民党論理からすれば異端の小泉氏を総裁としたことで、密室談合政治のイメージの払拭に成功した。
民主党も、せめて同じ方法をとって、“古い永田町”からの脱却をアピールしなくてはいけない筈だ。
牛歩や対案ださない反対などをしている場合ではない。
常に対案を出し、党内融和を優先せず、自らの支持団体と反するような改革を表に打ち出さなくては、今の自民党に対抗することはできないだろう。

一方の国民新党・新党日本が選挙互助会であったことはいうまでもない。
相変わらずこんなこと(→新党日本の長谷川参院議員、国民新党に復党の意向(朝日新聞9月12日 = asahi.com))をしているくらいである。
それも、無党派層と無関心層をごっちゃにして、変なイメージ戦略(田中長野県知事の担ぎ出し、印籠や掛け声など)をやった結果、個人後援会の力でだけしか当選できなかったという結果だ。
いずれにせよ、小泉総裁の間は当然として、来年、小泉が総裁を退いたとしても、今のままでは後継総裁を含め、党内にかなりの影響力を残すことは必至であり、復党は当分の間難しい。
ならば、彼らは“新党”として生きていかねばならない。
そのときに、彼らが生き残れる立ち位置は「自民党より右」しかないだろう。
今、自民党より左は、民主党、社民党、共産党と“左度合い”に応じて選択ができる。
しかし、近年、その人数を増大させていると見られる保守層には「より右」を選択できる余地がない。
新党が自民党より右の立場を鮮明にして、かつ、単なる反対政党ではなく是々非々で及べば、「民主よりはマシ」「自民党しか選択しがない」として投票した保守層を取り込むことができる筈だ。
単独で政権を担う規模には至らないであろうが、選挙結果次第によっては連立政権の一翼を担えるところまではいけるのではないだろうか。

今の野党は早急に自己改革を行い、自民党以外にも「選択肢」として遡上にのぼれるようになってほしい。 自民党が「ベスト」だと思って投票した人は、ほんの一握りでしかないのだから、「ベター」な選択肢があれば、それを人々は選ぶのだから。

Posted at 11:52 in 政治 | WriteBacks () | Edit

Sep 14, 2005

無党派層≠無関心層

今回の小泉自民党の大勝、そして、ここ最近の選挙を語る時に、必ず使われるキーワードが『無党派層』である。
語義的にいえば、『特定の支持政党をもたない』という人々だ。
その層の増加に伴い、彼らがどこに投票するかで、選挙結果が大きく左右されることから注目されている。

この無党派層、かつては浮動票と呼ばれることがほとんどだった。
55年体制化で、イデオロギーと政党とがイコールで結ばれている建前があった頃には、政治に関心をもつものは自らのイデオロギーに基づいて、支持政党を決めているものであり、浮動票とは、投票だけにはくるが政治に無関心な層というような扱いであった。

現在でも、そうした見方を引きずっており、無党派層=無関心層としている論評が散見される。
曰く、小泉のブームづくりにのせられてしまい、ムードだけで投票した無党派層が多かったために小泉自民党が圧勝した、というような物言いだ。
確かに、無党派層の一部が無関心層であることは否定しない。
しかし、55年体制が崩壊し、保守二大政党制を唱えた小沢氏らが自民党を離党し、現在では旧社会党左派から自民党右派までを抱え込んだ民主党が第一野党として存在していることは、イデオロギーと政党が結び続く時代を終焉させたといってもよい(共産党、社民党といったイデオロギーと強く結びついた政党が没落していることでもわかる)。
つまり、自分のイデオロギーで支持する政党を固定する時代は終わったのである。
これにより「政治に関心はあるが、支持政党を固定しない」人々が増えているのが、無党派層増大の一つの要因であるといえる。

では、そうした層は何によって投票する政党を決めているのかといえば、マニュフェストや普段の政治活動を含めて、選挙ごとに是々非々で判断しているのだ。
これを理解しないと、悔し紛れに醜悪な言動をさらすことになる。
曰く「代表の顔で負けた」「ムードづくりに負けた」「小泉劇場」「洗脳されている」……

民主党の大敗、無党派層とりこめなかった大きな原因は、自民党以下の政策しかもたず、自民党以下のマニュフェストしかつくれなかったことなのだ。
政治に関心があるからこそ、無党派であるという層がいる、無党派層はイコールで無関心層ではないということをマスコミも各政党も見抜かなくてはならない。
そうでない限り、的外れの分析と、的外れの対策が続くばかりであろう。

Posted at 18:18 in 政治 | WriteBacks () | Edit

Sep 12, 2005

第44回衆議院議員選挙

率直に言って驚いた。 自民党がここまで伸びるとは思っていなかった。 これは、優勢が伝えられていた自民党自身も思っていなかったほどの勝利だろう。 なにせ、自民1議席、損する 比例東京・名簿登載者足りず(産経新聞9月12日 = Sankei Web)という勝ちすぎて比例名簿登載者が足りずに社民党に議席を譲ってしまうという前代未聞の事態まで発生するほどなのだから。 保守層の間では、公明党に対する反発が根強く、自民党の単独過半数あるいは単独安定多数を望む声が大きかったが、あっさりとそれが実現してしまったことになる。ダイナミックに動きやすい小選挙区制度の特徴がよく出た選挙であり、日本憲政史上に残る選挙だったといえよう。

さて、選挙がはじまった当初、各社の社説を分析してみたので、選挙が終わっての社説を比較検討してみたい。

●産経新聞

タイトル:自民圧勝 極めて重い首相の責務 官邸主導で構造改革を貫け
自民党への評価:
日本の国の力を結集する仕組みを官邸主導で整えることも大きな課題だ。首相が郵政民営化でみせた覚悟と力量をもって、こうした課題に切り込むことに国民は強く期待している。
全選挙区に郵政民営化賛成候補を落下傘方式などで擁立したことは、「地盤、看板、かばん」という旧来型の立候補システムを変え、政策中心の選挙を貫いた。個人後援会中心の古い自民党を近代政党に変える契機になった。
小泉首相の歴史的な使命は、戦後日本を構造的に変革することにあるといえる。
民主党への評価:
なぜ、国民の心をつかめなかったのか、を真摯に受け止め、出直さなくてはならない。
小泉政権の課題:
税負担を封印するな
内閣官房を中心に国益を実現する仕組みを作り上げるのが小泉首相の課題である。
首相は究極の構造改革である憲法改正を主導する責任もある。

●読売新聞<

タイトル:[自民圧勝]「郵政以外の課題にも取り組め」
自民党への評価:
自民党の圧勝は、郵政民営化の賛否に絞った首相の劇場型手法が、予想以上に功を奏した
一つのテーマに限定して争うのは、本来、政権選択の選挙としては邪道だ。
民主党への評価:
民主党は、先の通常国会では、郵政民営化法案に対案も出さなかった。解散後になって、有権者の関心が高まると、“対案”を小出しにするという、「後出し」の対応に終始した。郵政労組の既得権益を擁護しているとの批判もあった。
政権公約(マニフェスト)選挙の本家を自任する民主党が、政策論争がそれなりに活発化すると、対応が混乱し、足元をすくわれたのは皮肉だ
小泉政権の課題:
参院の反対議員も、「民意」を無視することは出来まい。(郵政民営化関連)法案の早期成立を図るのは当然だ。
当面、取り組むべき最大の課題は、年金など社会保障制度改革だ。深刻な財政の改革も、これ以上先送りできない。さらには不安定かつ不透明な国際情勢にあって、外交・安全保障の問題に、どう対処するのか

●毎日新聞

タイトル:自民圧勝 国民の期待は「郵政」だけでない
自民党への評価:
今回の選挙は二つの顔を持っていた。一つは政権担当政党を選択する選挙という「大きな顔」、もう一つは郵政民営化の賛否を問う国民投票的な選挙という「小さな顔」だ。自民圧勝は、この両面で小泉政治が信任されたことを意味する。同時に、民主党の非力さを露呈した。
今回の圧勝も小泉純一郎首相が巻き起こした「風」によるところが大きい。体質が本当に強化されたのかどうかは「風」が去ったあとに試される
参院では自民党の過半数割れが続いており、公明党の協力がなければ政権運営はうまくいかない。力を増した小泉・自民党を政権内で制御する役割が高まった。
小泉・自民党は特定郵便局長OBらによる伝統的支持団体との関係を断つ潔さをみせた。党体質改革への決意をアピールする点で民主党の上をいっていた。これまでは民主党に傾斜していた無党派層を取り込み都市部で強さを見せたことが、それを裏付けている。
メディア効果を計算に入れた「小泉劇場」はあやうさを包含するが、政治の透明性を高めた点では評価していい
地元と縁のない落下傘候補が地方でも善戦した。人気投票の色彩が強かったとはいえ、利益誘導を求めがちだった有権者意識の変化をうかがわせる
民主党への評価:
死票が多く出る小選挙区制を併せ持つ現在の選挙制度では議席の変動が顕著に表れる。2大政党への流れが基本的に変わったわけではないだろう。
民主党は選挙戦に入ってから年金、子育て政策を前面に出して対抗したが、郵政改革でのわかりにくさが最後まで響いた。連合などの支持団体に遠慮したためだ。
既得権の再調整が迫られている中で、民主党は解党的出直しを強いられている。党改革に大胆に取り組み、それを党再建の第一歩にしなければならない
小泉政権の課題:
「郵政民営化こそすべての改革の本丸」と訴えてきた小泉首相にとって選挙後の最初の課題は特別国会で郵政民営化法案を成立させることだ。
少子高齢化が急速に進む中、年金、医療、介護などの社会保障政策と財源問題にどう取り組むのか。官僚機構の改革を断行する決意はどの程度か。膨大な借金を抱える国の財政をどう健全化させるのか。アジア外交をどう立て直し日米同盟との調和をどのように図るのか。
首相が「郵政」以外を語らないのは無責任だ。有権者はすべてを白紙委任したわけではないことを自覚し、任期中に優先的に取り組む政権課題をただちに明確に示すべきだ。

●朝日新聞

タイトル:小泉自民党圧勝 「改革」選挙の弾みと怖さ
自民党への評価:
郵政民営化にかける首相の気迫が保守政党のイメージを打ち破り、改革を望む民意を圧倒的につかんだ
民主党が強かった都市部で自民党はつぎつぎと議席を獲得した。農村部出身の議員たちが力を持ってきた党の体質が変わることを予感させる
国民の不安、さらにいっこうに変わろうとしない政治への不満。有権者の間に充満していたガスに火をつけたのは岡田民主党の「政権交代」ではなく、「政治を変える」という首相のメッセージだった
一つのテーマが起爆剤となったこのダイナミックな展開には、民主主義の可能性とともに、ある種の怖さや危うさも感じられる。わずかな票差でも議席数の差が大きくなりやすいのが小選挙区制の特徴とはいえ、ムードや風で選挙結果がここまで劇的に動くことには驚くほかない
民主党への評価:
民主党は無残なまでに出遅れた。
郵政改革で対案を出し遅れたことが、最後まで災いした。自民党の反対派もろとも、「古い政治」と片づけられてしまったかのようだ
90年代からの政治改革の流れは、2大政党による政権交代を可能にし、政治に緊張感を与えることに眼目があった。その一方の旗頭に成長した民主党には、こうした機運に安住する気分がなかったか。「新しい政治」を切り開くという旗を小泉首相に奪われてしまった
民主党は人事刷新にとどまらず、体質から見直していく必要がある。この党には、寄り合い所帯のもろさを見せまいと、亀裂を必要以上に恐れるきらいがあった。不一致をさらし、党内で真剣に議論する勇気を持たなければ、再生への道は開けない
小泉政権の課題:
少数意見に配慮し、健全な民主主義を維持していく重い責任を負ったことを忘れてもらっては困る。これまで以上に自制とバランス感覚が求められる。フリーハンドを得たと勘違いしてはならない
この選挙は、まぎれもなく民営化の是非を問う国民投票だった。それが圧倒的に信認された以上、郵政法案をすみやかに成立させるべきなのはいうまでもない。 この圧勝で小泉政治のすべてが信認されたと考えるのは間違いだ。なぜなら、首相は郵政以外の政策課題はほとんど語らなかったからだ。たとえば憲法改正や八方ふさがりの外交について、首相は争点からはずし続けた。白紙一任でお任せというわけにはいかない。
靖国神社参拝や中国や韓国との関係をどうするのか。この問題を抜きに、地域としてのアジアにどんな外交の絵を描いていくか、戦略を語ることは難しい。イラクにいる自衛隊をこのまま残すのかどうかの決断も迫られている。

基本的に、選挙前にスタンスをそのまま維持しているのが見て取れる。

産経新聞は、更に首相にリーダーシップを発揮することを求め、首相の権力強化を求めるとともに、憲法改正までを視野にいれるように要求している。
小泉自民党の「落下傘候補」も好意的に評価した。
一方、民主党にはけんもほろろという有様で、とにかく小泉政権による「国益実現」に期待するという形だ。
小泉政権を強く支持した形といえる。

読売新聞は、郵政の出遅れのみならず、民主党のマニュフェストを具体例をあげて批判。単に“小泉劇場”だけでなく、民主党自体の力不足が惨敗の理由にあげられるとしているところが他と異なる。
一方で、郵政一本に絞った小泉自民党の選挙戦略を「邪道」として批判。
民意を受けたことは評価しつつも、年金という内政や外交・安保も重要課題であるとして小泉政権に注文をつけた。
民主党が政権政党に値しないというような論調であり、自民党支持としつつも、小泉劇場は批判しているという形であろう。

毎日新聞になると、自民党圧勝の主因を“小泉劇場”だと位置づける。
そして、小泉政権が民意によって支持されたとし、落下傘候補も地域利益誘導型がら政策選挙への転換として評価。自民党が従来の支持団体との決別までして“改革”に走ったことも評価しており、むしろ、読売新聞よりも小泉への評価は高い。
一方、民主党には、二大政党への流れは基本的に変わっていないとして擁護。敗因はあくまで郵政での出遅れだとしているが、“労組への遠慮”を批判した。
民主党の擁護が大きいような気がするが、比較的冷静な論調である。しかし、今後の小泉政権への課題となってくると、「郵政以外を語らないのは無責任」「白紙委任ではない」として、小泉首相のリーダーシップ型政治を強く牽制。また、立て直すべきとした外交には、わざわざ「アジア」を冠しているのが、毎日らしいところだろう。

最後は朝日新聞。
小泉自民党の圧勝は、積極的支持よりも政治への不満がもたらした、一種の批判票であるという理屈らしい。それを「ムード」「風」として、まるで政策論争がなかったかのような切り口だ。さらには、ここまで一方的になったのは小選挙区制度の欠陥だといわんばかりで、「ダイナミズム」「政権交代」をお題目に、中選挙区を批判していたのはどこの新聞だといいたくなる。
一方、民主党の敗因は郵政での出遅れとした(毎日の社説にもいえることだが、郵政だけが民主党の敗因ではなく、マニュフェスト全体を見て判断した人間も少なからずいると思うのだが……)。同時に寄り合い所帯であることを批判し、民主党の体質改善を訴えている。
今後の小泉政権には「少数意見への配慮」「フリーハンドを得たと勘違いしてはならない」「これまで以上に自制とバランス感覚」を求め、リーダーシップの発揮を強く牽制した。更に、他社では具体的な単語が出ていない「靖国神社参拝」「中韓との関係」「イラク自衛隊」をあげているところは、さすが朝日というところか。
小泉自民党を批判したいのだが、圧倒的勝利に裏付けられた「民意」に配慮して、遠まわしな表現にとどめているというところだろう。

結局、今後も各新聞、スタンスは変えていかないということだ。
このバイアスを考慮して、今後の報道も見ていく必要があるだろう。

Posted at 10:50 in 政治 | WriteBacks () | Edit

Sep 11, 2005

今日は選挙日

いよいよ選挙日となった。
いろいろな報道は出ているが、とにかく明日、全てが決まる。
今回はまさに日本の命運をかける選挙になるといってもよい。
政治に不満を述べるのあれば、選挙権を行使するのが先決だ。是非とも、選挙に行ってもらいたい。
そして、“批判票”ではなく“支持票”を、どうしても支持するに足る人物がいなければ、白票にすべきだ。もう、批判票で相手を利するというような悠長なことが許される状況ではなくなったと私は考えるからだ。

それにしても、一昨日に報道された民主党・岡田党首の演説は酷かった。
今までの主張を翻して「民主党は増税しません」とスピーチしたのだ。
これは、マニュフェストにも明記されている増税案との整合性はどうなっているのだろうか、と当然の疑問が湧く。
報道陣がスピーチ後の岡田党首にそれをぶつけると「歳入増になるような増税はしない」との回答。これはもう詐欺というか嘘つきといっていいのではないだろうか。
岡田党首の見識を疑う。
こんな場当たり的なことをしても、TV報道やネットなどで容易に他地域での情報が得られるようになっている今、逆効果になるのではないだろうか??

Posted at 01:39 in 政治 | WriteBacks () | Edit



[PR]b̐VԂ𖳗ھĒ:K钊IIŊȒPGET