Jan 31, 2005

命をかけた一票

イラクで暫定国民議会選挙が実施された。
選挙中止をもくろむテロが激化し、延期すべきとの声も流れていたが、米とイラク暫定政府は選挙を強行。
その結果、厳戒下イラク選挙、テロ犠牲35人…推定投票率60%(読売新聞1月31日=YOMIURI ON LINE)という事前の予想を上回る投票率が推定されている。
この数字は、全く平和な日本の総選挙(2003年)の小選挙区選59.86%、比例選59.81%とほぼ匹敵する。
体制側発表であることを割り引いて、下方修正されるとしても、2003年東京都知事選44.94%に比べれば十分な数字となるだろう。

それにしても、今まで散々伝えられていた「現地の様子」とは丸で正反対の結果がでているようだ。
米主導の多国籍軍が必ずしも受け入れられておらず、貧困などの問題もあるのは確かである。米の誤爆・誤射やテロによる犠牲もある。
しかし、フセインという独裁者が取り除かれ、虐げられていた多数派の人々が自由を獲得したことを喜んでいるという事実も厳然として存在するのだ。 やはり報道は多角的に行うべきであり、ディスインフォメーションやミスリードを行うようなものは報道とはいえまい。

今回の選挙の遂行は、米・イラク暫定政府にとっては“勝利”といえる。
だが、この“勝利”を呼び込んだのは、米やイラク暫定政府の力だけでなく、実際に足を運んだ有権者の力でもある。
命かけ1票、イラク各地で国民の希望の証し(読売新聞1月31日=YOMIURI ON LINE)などにもあるように、テロによる危険を承知の上で、投票所に足を運んだのだ。
その勇気と国を思う心に敬意を表したい。

Posted at 10:35 in 国際 | WriteBacks () | Edit

Jan 28, 2005

頑張れ、ブッシュ

ブッシュ米大統領 来月、欧州歴訪 「対中武器禁輸」が焦点(産経新聞1月28日=goo news)という記事があった。
米国は台湾を実質的には支援しており、中共軍がこれ以上増強される事態を回避しようと考えている。
台湾に限らずとも、ヴェトナム(中越国境で幾度かの武力衝突がおきている)、チベット(弾圧中)、中ソ国境、カシミールなど中国は周囲との火種を多く抱えており、中国軍の質的強化は、極東の不安定化要因だ。
もちろん、日本にとっても大きな脅威となる。

フランスにおいて武器輸出は柱となる貿易産業の一つである。有望な市場である中共に武器輸出を早く再開したいのだろう。
この件について、イラク戦争においてフランスを「平和主義」と持ち上げた日本国内の諸勢力からは、何の反応もない。
武器輸出などという行為は非難してしかるべきだろう。

先のも述べたように、米国はなにも平和主義で対中武器禁輸を唱えているわけではない。国益のためだ。
だが、同時にフランスやドイツのイラクに対する姿勢も平和主義ではなく国益のためだ。
それを自らの主張に都合のいいところだけをとりあげて「アメリカ=悪=世界的に孤立」などとレッテルを貼って報道することはミスリードであるし、日本国民の世界情勢への理解を妨げる“虚報”といえるだろう。

ともあれ、中共軍が増強されれば、日本の国防にとっても重大な事態となる。
東シナ海の油田問題、中共原潜潜伏問題などいくらでも火種はあるのだ。
日本の安全のためには、欧州の対中武器輸出禁止を継続させるように、ブッシュを応援しなくてはならない。
頑張れ、ブッシュ!

Posted at 09:40 in 国際 | WriteBacks () | Edit

Jan 27, 2005

当たり前の判決

26日、最高裁で、外国籍を理由に東京都が管理職試験の受験を拒否したのは、法の下の平等などを定めた憲法に違反するとして都に損害賠償などを求めた訴訟の上告審判決が下った。→都の管理職試験、外国籍受験制限は合憲 二審破棄、最高裁が初判断(産経新聞1月27日=goo news)
判決では「日本国民に限り管理職に昇任させる措置は、合理的な理由に基づく区別で、合憲」とし、「住民に直接、公権力を行使したり、重要な施策を決定したりする地方公務員には、国民主権の原理に基づき、原則として日本国民しか就任できない」とした。

これに対する各紙の社説。

■【主張】国籍条項訴訟 常識にかなった合憲判決(産経新聞1月27日社説)
[管理職試験訴訟]「『日本国籍』明確にした最高裁判決」(読売新聞1月27日社説)
■外国籍管理職――時代が分からぬ最高裁(朝日新聞1月27日社説)

毎日新聞はWebへの社説掲載が1日遅れなのでひとまず省く。
ともあれ、産経・読売の至極まともな社説に対して、朝日の“斜め上をいく”社説が突出している。

朝日は「外国人が公務員として働ける場を広げる。その流れを変えてはいけない。」というが、その理由が社説中に見当たらない。「企業や自治体が採用や昇進で国籍による差別を減らそうと知恵を寄せ合う時代に、なんとも後ろ向きな判決である」とあるから、文意をよみとるに、都の受験制限が「国籍差別だから」ということになろう。
だが、これが「差別」なのか、正当な「区別」なのかが論じられていない(わざと混同させているのだろうが)。

まず、法理上の問題からいえば、日本国憲法は日本国民を対象にしたことであることは間違いない。その上で、外国人に対しては、最高裁判例によれば「基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人にも等しく及ぶ」とされている。
では、住民に直接、公権力を行使したり、重要な施策を決定したりする地方公務員(以下、単に地方公務員)への就任は、外国人へも保障されるべきなのだろうか?
さて、ここからが、学説がわかれるところである。
日本国憲法は「主権が国民に存することを宣言」(前文)しているものであるから、主権の行使は国民によるべきである。つまり、今回の判決は「地方自治体は国家から独立して存在しているわけではなく、国政の一部として機能している」という立場をとり、従って「地方自治体において、住民に直接、公権力を行使したり、重要な施策を決定したりする立場に外国人を登用する(管理職とする)ことは認められない」としたものだ。
これは、学説が分かれていることは確かだが、学説として特に奇異なものではない。
多数決方式で15人中13人がその立場をとったというものだが、事実誤認や誤解釈が認められない以上、判決は法理にそった判断といえよう(つまるところ、学説が分かれている場合、どれか一つの学説をとるしかない、という意味)。

次に、国際的な観点から。 「世界人権宣言の内容を基礎として、これを条約化したものであり、人権諸条約の中で最も基本的かつ包括的なもの(外務省)」としている「市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)」をみてみると、第二十五条C項で「一般的な平等条件の下で自国の公務に携わること。」が「いかなる差別もなく、かつ、不合理な制限なしに、次のことを行う権利及び機会を有する。」とされている。 署名国数67、締約国数154(2004年12月1日現在)というものではあるが、“理想論”“理念論”として掲げられている部分も大きい。だが、それでさえ「自国の公務」どまりで「居住地の公務」とはうたっていないところに、国際的なスタンダードをみることができよう。 実際に個別の国を見れば、EU諸国で外国人に公務員資格を与えている例はある。だが、これは、EU加盟国に限った措置で、EUが“欧州統合”を目指すという特殊な事情が前提にあってのことだ。あるいは、互恵でもある。
今回、提訴されていた方は韓国籍のようだが、韓国では日本人の公務員登用が認められているだろうか? あるいは、日本と韓国は“統合”を目指しているだろうか?

そして、最後に最も重要な「べき論」。
私は現状の法にそぐわなくても、それが日本にとって必要なことであれば、法改正してでも実現すべきだという考えをもっている。
その観点から「外国人の地方公務員登用」を考えた場合はどうか。
これはもう「否」というしかない。
例えば、その外国人公務員の母国と日本が対立するような事態がおき、地方自治体でも、その国家に対して何がしかの処置をとることになったとしよう。
「過去の日本とのかかわり、先祖や親兄弟、故国に寄せる思いから、日本国籍を取る気になれないという人も少なくない(朝日新聞社説)」ならば、彼らからの情報漏洩、サポタージュ、あるいはもっと積極的な妨害だって考えられるではないか。少なくともその可能性は日本人に比べれば飛躍的に高くなろう。
国益の面からも、安全保障の面からも、外国人の地方公務員登用は日本にとって「すべきではない」ことだ。

結論として、私は産経・読売と同じ立場をとる。 つまり、日本には帰化という形で国籍選択の自由が与えられている。公務員として管理職になりたいというのであれば、帰化すればよい。
「日本国籍を取る気になれない」、つまり日本という国家に対する忠誠義務をおえないのであれば、そんな人間を管理職として登用するなどということはすべきではない。

Posted at 11:48 in 社会 | WriteBacks () | Edit

Jan 26, 2005

日本経団連の小泉支持

「地方公務員多く高給」日本経団連会長 改革の必要性を強調(産経新聞1月25日)という記事があった。

「地方公務員多く高給」日本経団連会長 改革の必要性を強調

 奥田碩日本経団連会長は24日の記者会見で、「地方公務員の数は多く、給与は国家公務員や地方の民間企業よりも高いのではないか」と述べ、給与実態を調査した上で、改革を行うべきだとの考えを示した。年金など、社会保障制度の給付削減が避けられない状況を踏まえた上、「公務員制度改革は残された最大の課題だ」と話した。

 奥田会長は、平成19年4月の郵政民営化によって、30万-40万人の公務員が減ると指摘をする一方、さらに公務員制度改革の必要性を強調。「歳出カットを徹底し、それでも財政のバランスが取れなければ、消費税率アップなど増税を議論することになるだろう」と述べた。

 今国会での郵政改革法案の行方については、「曲折は相当あるだろうが、最終的には成立するのではないか」との見方を示した

扱いが小さいのだが、重要な記事だ。
まず、日本経団連という組織だが、その会員企業による政党本部への平成16年度政治献金額は24億円、うち自民党本部へ23億3千万円。
平成16年には経団連による政党への企業献金斡旋も復活しており、その献金面での影響力は大きい。

その経団連のトップが、小泉首相の郵政民営化路線を支持するという声明を発表したのである。
これは、自民党の「反小泉派」にとっては大きなダメージだ。
なにせ、選挙にも政治にも金がかかる。
そのスポンサーの意向は無視できないことはいうまでもない(だからこそ、スポンサー側も政治献金をするのであるが)。

小泉の金看板である郵政民営化が成立する可能性が更に高まったといえよう。

Posted at 09:27 in 政治 | WriteBacks () | Edit

Jan 25, 2005

民主主義を破壊する民主党

開幕した通常国会で、いきなり首相答弁めぐり民主・社民が一時退席…国会代表質問(読売新聞1月24日=goo news)ということで、代表質問した岡田民主党代表が、小泉首相の答弁を不満として、民主党議員ともども退席。社民党もこれに同調したという(共産党は残った)。
岡田氏は「混乱はひとえに小泉首相に責任がある。首相答弁は議会制民主主義の根幹をゆるがすものだ」と主張しているが、真逆であろう。
小泉首相の答弁が不満・不足だとするのはよい。しかし、それに対して、“実力行使”を行い、議論を拒否する姿勢こそ、議会制民主主義の根幹をゆるがしている。
矮小な例えをすれば「あいつの答えが気に食わないから、ぶん殴る」というのとかわらない。
代表質問 対立より協議の芽育てよ(産経新聞1月25日社説=SankeiWeb)にもあるように「答弁内容を不満として質問をボイコットしては議会制民主主義は成り立たない。審議を通じ、よりよき政策の実現を図ることが政党人の責務」だ。
そもそも、そういった答弁しか引き出せない民主党にも問題がある。
独自調査した資料を提示し、鋭く矛盾点を指摘し、小泉首相を答弁せざる状況に追い込めないのだから。
そして、それでも小泉首相が答弁しないのであれば、審判は国民が下すだろう。

と、表面的な現象だけ追ってみたが、現実は多少異なる。
今回の戦術の“発案者”は小沢一郎氏らしい。実際、一斉の綺麗な退場、社民党の即時の同調を見れば、事前に根回しされていたと考えるのが自然だ。
つまるところ、民主党が100%望む様な答弁をしない限り、一斉退席するというのは決められたシナリオだったといえよう。
はじめに実力行使ありき、という代表質問は、民主主義を破壊する行為でしかない。

Posted at 09:37 in 政治 | WriteBacks () | Edit

Jan 24, 2005

底が浅い日本の政治

郵政民営化国会となった観のある今通常国会だが、郵政民営化、理解深まらず 民主・岡田氏が代表質問(共同通信1月24日=goo news)ときては、野党第一党の党首の質問とも思えない。
背景には、代表質問で首相窮地?自民も郵政民営化で譲歩迫る構え(YOMIURI ON-LINE1月22日=goo news)にあるように、民主党内で意見が集約できていないことがあるそうだ。
とはいえ、こんな質問内容では「理解できればこのままの案でよい」「なぜ今必要でないのか」とか切り返されればそれまでである。

つい数年前までは、郵政民営化をしないといって政府を追及し、今度は郵政民営化をするからといって政府を追及する。
そんな反対のための反対ばかりしているから、政権がとれないのだ。
野党としてやるべきことは例えば、こういうことだろう。

・郵政民営化は、巨大な郵貯が無駄な国家事業投資の温床になっており、これを排するのが目的である。
・そのためには現行案では不十分であり、民業圧迫にもなる。
・よって、このような案をとるべきだ。

対案も提示できずにいては、かつての社会党と同じ万年野党の座を暖めるだけであろう。

Posted at 10:48 in 政治 | WriteBacks () | Edit

Jan 21, 2005

NHK大攻勢

まずは訂正。
先のエントリで、朝日新聞の中川氏への取材を“外遊中”としたが、これは報道時のことであった。取材時はプライベートでの旅行中だったそうである。

さて、本題。
すでに政治家も告発者もおいておいて、NHKvs朝日新聞の全面戦争といった感じになってきました。
NHKは朝日新聞社への公開質問状を出しました。

「脅迫取材」「誘導取材」といった従来から報じられていたものだけではなく、録音テープが存在するらしいことや、「ひそかに証言の内容について腹を割って調整・擦り合わせしたい」との申し入れがあったことが暴露されている。
これらが本当だとすれば、大問題であり、朝日新聞は解社的出直しをする必要があるだろう。
これらはまたNHK側としても証明できるものはないだろう。
しかし、状況証拠からすると事実ではないかと、私は推察する。
まず、従来、こうしたマスコミ同士の諍いは尻すぼみ的に有耶無耶になるのがほとんどだった。それが、“指摘をうけた側からここまで強硬な態度をとるというのは異例であり、それだけ“自信”があるということではないかと推察されること。
そして、この取材でテープをとっていなくても、他の取材(安倍・中川氏への取材)でのテープがあれば、NHKの主張が仮に嘘だとすれば、すべてひっくり返される。その時は“取材倫理に反する行為”といっても、テープの内容インパクトに押し切られてしまうだろう。であれば、NHKが嘘をついている場合のリスクが高すぎること。
この二点からである。

それにしても、NHKの攻撃は実に巧みだ。
取材テープが出てくれば、NHKの主張は裏付けられる。
出てこなければ、朝日の主張を裏付けられるものが出てこないということだから、立証責任を果していないと攻撃することができる。
どちらに転んでもNHKは得しかしないのである。

Posted at 23:05 in 社会 | WriteBacks () | Edit

朝日新聞によるダブルスタンダード

朝日が週刊新潮の広告断る NHK改編問題めぐり(共同通信1月20日 = goo news)に報道されているように、朝日新聞は週刊新潮の広告掲載を拒否した。
原因は新潮の見出しである「朝日『極左記者』とNHK『偏向プロデューサー』が仕組んだ『魔女狩り』大虚報」を「広告内容が虚偽で、かつ当社を意図的にひぼう中傷する文言だったため、当社の広告掲載基準に照らし、掲載を見合わせた」ということだ。
新潮側は「見出しに偽りはないので、見出しを変えるような措置はしなかった」とこたえているから、「見出しを変えなければ掲載できない」というような話が朝日側からあったものと考えられる。これは「言論に対する圧力」ではないのだろうか?

この件に関する朝日のコメントをNHK問題にあてはめてみよう。
「番組内容が虚偽で、かつ日本を意図的にひぼう中傷する番組だったため、NHKの番組制作基準に照らし、そのままの放送を見合わせた」
……あれ、“NHKによる番組改編”を見事に説明しちゃってますね。

つまり、今回の朝日新聞の基準を是とするなら、朝日新聞はNHKの編集権も是としなくてはならない。NHKの編集権を否とするのであれば、今回の朝日新聞の基準も成り立たない。
実際問題として朝日新聞はこうした主張をしたのだから、NHKの編集権を是としなくてならないだろう。
つまり、NHKによる編集そのものは、NHKが番組内容を見て個別に判断するものであるから、政治家からの示唆・圧力があった証拠とはいえなくなるという理屈になる。

また、朝日新聞は「内容が虚偽であれば、掲載拒否(=圧力、実力行使)をしてよい」と主張していることになる。であるなばら、NHKの番組も内容が虚偽であるなら圧力をかけてもよいということに理屈になる。
実際、どんな内容であったにせよ、広告掲載拒否も朝日新聞という一社が独自に「虚偽」と判断したのだから、NHKが社内で「虚偽」だろうと「偏向」だろうと、どのように判断しようとも、問題ないということになる筈だ。

つまり、朝日の広告掲載拒否の理屈と、朝日のNHKへの圧力批判の理屈が噛みあわない。 ありていに言えばダブルスタンダードであり、自社の都合のよいように主張しているだけにしか受け取れない。 朝日新聞は、この点について説明責任があるだろう。

Posted at 10:57 in 社会 | WriteBacks () | Edit

Jan 20, 2005

NHKへの圧力問題(続)

NHKへの政治介入問題が、なおも進展している。 この件についてのまとめはgori氏のIrregular Expressionに詳しい(まとめ、ご苦労様です)。

要は「NHK-安倍・中川」と「NHK長井氏(告発者)-朝日新聞」の、どちらかが嘘をいっているということになる。 録音テープでもでてこない以上、両者の主張は水掛け論になるだけだ。 そこで、傍証(状況証拠)から、どちらの主張がより妥当性があるか検討してみたいと思う。

・なぜNHKは安倍氏に会ったのか
NHKは予算を国会に握られている(承認が必要)。そうした場合、有力政治家のもとに「根回し」「陳情」にいくことは、NHKだけに限らず、広く行われている。そのシステムの是非は別にして日本政治の常識といっていいくらい一般的なことで特別視するにはあたらない。

・NHK上層部と安倍・中川氏の間で口裏合わせが行われているのではいか
海老沢会長問題など不祥事を抱え、国会の予算承認に暗雲がたちこめている現状では、与党有力政治家に逆らえないという構図はある。ただし、証拠もないので、周囲の状況から判断するしかない。

・NHKと安倍氏との会談の時、番組内容はわかっていたらしいのはなぜか
取材対象となった“法廷”は、12月8~12日のことである。これをNHKが取材していたのは早い段階からわかっていたようである。 また、ETVのシリーズとしての宣伝も行われたであろうし、一週間前には、当然、「次回予告」もあるはずだ。また、各種市販TV番組表なども二週間前以上先のTV番組表があるのだから、それだけでも、番組の概要の検討はつくだろう。
実際、朝日新聞によると遅くとも1月半ばからは“右翼団体”による抗議がNHKに行われている。政治家ならずとも、事前に番組内容を知りえたという証左であろう。

・どうして安倍氏との会談で放送前の番組のことをNHKは切り出したのか
1月半ばから右翼団体が抗議しているなどということは、当然、安倍氏らの耳には入っていただろう。そこで、NHKは予算をスムーズに通すためにも「釈明」する必要があると感じたことはなんら不思議ではない。
「右翼が抗議したりして、ご心配をおかけいたしましたが、番組になんら問題はありません」というような感じだろうか。
こう言われれば、安倍氏が「公正にやってほしい」と答えても不思議ではないし、一般論としての会話だ。これだったら、圧力と解釈するのは強引であろう。

・中川氏の証言内容が変わっている
変わったことは事実だ。ただし、中川氏は当時外遊中で、一部報道によれば飲酒中だったという話もある。本人は強引な取材で、つい曖昧な発言をしてしまった、と釈明している。それを信じることもできるが、あとで口裏をあわせたと見ることももちろん可能だ。

・強引な取材はあったのか
これも証拠はないのだが、「あった」とするほうが自然だ。もし、こういった取材をされたとNHK・安倍・中川氏側が「嘘」をついたとしよう。だが、朝日新聞側が録音していたら、一発でおじゃんだ。そして、録音している可能性は十分に考えられることで、嘘をつくリスクが高すぎる。

・試写は異例か
全体から見れば異例だったのかもしれない。しかし、番組自体に“右翼団体”からの抗議が行われているという“異例”の状態の中、“試写を行って番組内容をチェックするのは、NHKとしては当然だろう。むしろ、ノーチェックで放送してしまうほうが非常識だ。

・なぜ、番組は短くなったのか
長井氏らのスタッフとNHK幹部側で、かなり揉めたような形跡がある。その結果、編集作業がギリギリにまでずれこみ、番組の尺調整ができなくなったということではあろう。しかし、その直接原因は「現場と上層部の編集方針の対立」であって、それが政治的圧力によるものだという証拠にはならない。

・編集指示は妥当だったのか
まず、この番組は「NHKの」番組であり、「長井氏の」番組ではない。である以上、組織として権限をもつ上位の職制からの編集指示があること自体は妥当だ。長井氏自身のポリシーはあったのだろうが、それがNHKの組織としてのポリシーと異なるのであれば、編集指示が妥当だったということである。
組織の庇護・支援をうけられるが、かわりに組織としての制約をうける。それが組織に所属するということだろう。

・NHK幹部の編集方針は妥当だったのか
編集前の番組を見たわけではないが、各種情報ソースにあたる限り“法廷”はかなりの左翼偏向であるから、その“判決”を無批判に流せば、放送法第3条の2にある「政治的に公平であること。」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」に抵触する可能性が高い。特に前者については主観の問題もあろうが、後者については異論はあるまい。従軍慰安婦問題、天皇の戦争責任問題では、メジャー全国新聞でも意見が対立しているのだから。
従って、NHK幹部の編集方針は妥当であると考えられ、それは政治的に圧力によらないNHK独自の判断であっても全く不思議はない。

更に告発した長井氏のいう「政治的圧力」は伝聞と憶測によるものであり、直接、その場(政治的圧力をかけられた現場)にいたわけではないこと、朝日新聞と法廷を主催した団体幹部との近しい関係というのもある。

どちらの側にも有利なこと、不利なことはある。
だが、総合して考えると、安倍・中川氏のほうに説得力を感じる。
従って、先のエントリで、私が推理したことより、もっと積極的にNHK自身が編集指示を下していると推測を変更する。つまり、

・“右翼団体”からの抗議があって、番組が話題になる。
・自民党を中心とする政治家(安倍・中川両氏はを含む)該当番組(あるいは“法廷”そのもの)に対して好ましくは思っていなかった。→両氏の意向が何らかの形でNHKの幹部に伝わった。
・“右翼団体”の抗議、政治家の動向ををうけたことから、NHK幹部は、事実を確認するために番組をチェック。
・このままではあまりに偏向していると判断したNHK幹部は番組内容変更を指示(抗議や意向は番組内容をチェックするトリガーではあったが、直接的影響力は低いという意味)
・プロデューサーは変更に頑強に抵抗。幹部は安倍・中川両氏の名前を出して説得。

というところだろうか。

私的結論。
・長井氏は本気で圧力があったと信じている可能性もある(天然というか電波?)。
・朝日新聞の報道は誇張・誤報(あるいは捏造)の可能性が高い。

Posted at 12:02 in 社会 | WriteBacks () | Edit

Jan 19, 2005

アジアの対日感情

面白い記事があった。

タイに小泉ポスター…下院選候補が利用、大使館困惑(読売新聞1月19日=YOMIURI ON LINE)

 【バンコク=吉形祐司】2月6日に投票が行われるタイ下院選挙で、バンコク第6選挙区から出馬した候補の陣営が、小泉首相と握手する候補の写真をポスターにした。日本の首相が特定政党の候補を応援していると受け取られかねず、驚いた在タイ日本大使館が情報収集を開始した。

 この候補は、与党タイ愛国党が擁立したオラタイ・タナチャロ氏(37)。同候補の事務所によると、写真は昨年11月にラオスで東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議が開かれた際に撮影され、今月16日からバンコク中心部の繁華街で掲示され始めた。

 事務所は、小泉首相には撮影の際に「許可を得た」と話しているが、日本大使館には事前の打診がなく、「異例のことで、問題かどうかも含め、対応を検討中」(大使館広報文化部)と困惑気味だ。

 タイの選挙法では、選挙運動で外国指導者の写真使用を禁じる規定はない。

その政策について、アジアの対日感情を悪化させていると報道される小泉首相であるが、少なくともタイ・バンコクでは選挙運動にマイナスになるほどの「反日」感情はないようである。
報道されている“アジア”とは、一体、どこなのだろうか。

Posted at 08:56 in 国際 | WriteBacks () | Edit

Jan 18, 2005

自衛隊の海外派遣能力

陸自先発隊が最大被災地バンダアチェ入り(読売新聞1月16日=goo news)ということで、自衛隊史上最大規模の海外派遣活動が本格化してきた。

今回の自衛隊派遣を「遅い」評する人がいる。
とりたてて早い派遣ではないから、そういった批判があることはやむをえない。
ただ、そうした批判をする人に問いたいことがある。
自衛隊の海外派遣を迅速・大規模に行えるようにするということは、早期海外派兵能力を向上させるようにするということでもあるということを理解しているのかという点だ。

例えば、大型ジェット輸送機、大型輸送ヘリ、大型高速輸送艦、待機部隊と物資事前集積が必要だろう。
かつて、他国への攻撃能力となるとして、F4から空中給油装置を外させられた自衛隊に、そうした能力を持たせるべきだという論議だとわかって「遅い」ということをいっているのだろうか。

もっとも、私は自衛隊海外派遣能力強化には軍事面から考えても大いに賛成であるが。

Posted at 09:17 in 社会 | WriteBacks () | Edit

Jan 17, 2005

阪神大震災から10年

今日で阪神大震災から10年がたった。
あの日、ニュース映像として流れた高速道が倒壊した様は、未だに強烈な印象を残している。
もちろん、同地あって被災された方々にとっては、そんな悠長なものではあるまい。
文字通り、運命を分けた出来事だったに違いない。
なくなった方の冥福を改めて祈るとともに、当時、そして今も復興に携わる方々にも敬意を表する。

10年一昔というが、政治を見ても隔世の感はある。
当時の政権担当与党は自民・社会・さきがけの所謂自社さ連立政権。当時の首相は社会党の村山富一氏。
既に92年に自衛隊の部隊単位として公式には初の海外派遣であるカンボジア復興支援は行われていたが、阪神大震災では自衛隊への災害派遣命令の遅延が問題になった。
また、政府の情報収集も遅れ、危機管理能力が問われる事態にもなった。

それが現在では、様変わりだ。
自衛隊の海外派遣は常態化し、先の新潟中越地震においても自衛隊派遣そのものに異議が出ることもなかった。
中央省庁は1府22省庁から1府12省庁へと統合・再編された。
そして、社会党の後継たる社民党はみる影もなく転落し、民主党が最大与党の座を占める。さきがけは解党。
自民党も親中国派の河野洋平氏から、対中国強硬路線(?)の小泉純一氏へと総裁が変わった。
危機管理を論議することは当然のこととなり、そのマニュアル化などのソフト面、新首相官邸などのハード面の双方が強化された。
タブーといわれた憲法問題が、改正のための法案づくりを正式に検討できるところまできた。

こうしたうち、危機管理・安全保障にかかわる変化は、先にも述べたような阪神大震災が大きな契機になっているように思う。
現実に体験し、多くの犠牲がないと改革がはじまらないというのは、日本の悪いところだ。が、せめて、動き出したからにはよい方向に変わって欲しい。
私は、今のところ全体としては良い方向に進んでいると思っている。

Posted at 12:01 in 政治 | WriteBacks () | Edit

Jan 14, 2005

NHKへの圧力問題

まずは、報道をいくつか。
「政治介入で番組内容変更」NHKプロデューサー会見(読売新聞1月13日=YOMIURI ON-LINE=goo news)
NHK「政治介入」で変更指示…プロデューサーが会見(読売新聞1月13日=YOMIURI ON-LINE=goo news)
NHK番組に中川昭・安倍氏「内容偏り」 幹部呼び指摘(朝日新聞1月12日=asahi.com=goo news)

結論からいえば、どうもこのプロデューサーの政治的主張の流布行為及び売名行為ではないかと思う。

まず、事実関係を検証する。
朝日新聞の報道内容は突出しているが、他の報道とあまりに落差があるので、少々、あやしい。それを排除して考えていく。
まず、このプロデューサーが上司(幹部)の指示によって直前に編集を行ったことは間違いないだろう。通常の番組枠より短い放送になっていることからもそれは推察できる。
また、両者(NHK、安倍氏)が認めていることから、放送前に安倍官房副長官(当時)とNHK幹部が予算の点で会談をもったこと、当時、右翼が抗議するなどの問題がでていたこの番組について、話題になったことも事実だろう。
そして、安倍氏・中川氏とも普段の言動から考えて、この番組については面白からぬ感情をもっていただろうから、内容変更・中止させたいとは思ってはいただろう。
そして、一番肝心なところは、このNHKプロデューサー自身は安倍・中川両氏から直接の接触があったわけではなく、上司の言動から政治介入があったと判断したというところだ。

これらのことから、私が推理する事実は次のようになる。
・安倍・中川両氏は該当番組に対して好ましく思っていなかった。
・両氏の意向が何らかの形でNHKの幹部に伝わった。
・右翼からの抗議や予算(NHK予算は国会承認が必要)の時期でもあり、NHK幹部は厄介ごとをおこしたくないと、プロデューサーに番組内容変更を指示
・プロデューサーは頑強に抵抗。幹部は安倍・中川両氏の名前を出して説得。

つまり、明確な政治的介入があったわけではなく「ご意向を汲んだ」という実に日本的な展開だったのではないかと思う。
資生堂が波田陽区にかけた圧力よりはよほど穏当なものだっただろう。

だから、プロデューサーが政治的圧力があったと感じても不思議ではない。
が、純粋な告発というより売名や政治主張だと私が判断する理由がある。
内部告発機関が昨年9月にでき、そこに告発しても何も動きがなかったから会見したといっているが、そこまでするのであれば、4年前にでもできた筈だ。
だが、安倍、中川両氏がポスト小泉として力をつけてきたところでのタイミング。そして、この番組について取材先である民間団体などが「事前の説明とは異なる番組を放送され、信頼を裏切られた」として、NHKと制作会社2社に賠償を求めて提訴した民事裁判の控訴審で、東京高裁が17日の口頭弁論で結審予定だったというタイミングだ。そして、今回の問題が発覚したため、おそらく原告側敗訴だったであろう裁判の審理は継続される見通しとなったのである。
当然、このプロデューサーは裁判のことを知っているであろう。そんなに都合のいいタイミングでの記者会見に恣意性を感じないわけにはいかない。
そして、この番組は明らかに偏向している。
編集前の番組では民衆法廷(という名称自体が左翼用語ぽいが)で「日本兵による強姦や慰安婦制度は『人道に対する罪』にあたり、天皇に責任がある」と結論したという部分が含まれていたそうだが、それを開催したのは『「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク』という団体だ。
この団体は、第二次世界大戦中の「慰安婦」問題の被害者支援を活動の重点として提唱しており、新左翼である日本労働党の系列でもある。
その団体による模擬裁判形式では、裁判いう公正を装う形をとっているが、はじめから結論ありきの茶番であったといえよう。
それをそのまま批判なくテレビで流すというのは、明らかに“偏向”だとしかいえまい。このプロデューサー自身の意向が強く反映していると考えられる。
TVでそこまでやる行動力をもっている人物であれば、今回の出来事をそうした「政治運動」の一環として捉えるのが自然だろう。

私は、表現の自由は極力確保させるべきで、「ご意向」も含めて圧力・介入は避けるべきだと考えている。
だが、同時にマスコミが、その立場を利用して偏向した内容を公正であるかのように装って発信することも許されることではない。
今回の事件報道で、朝日新聞は放送法3条をあげているが、その直後にある3条の2も同時にあげておくべきだろう。

(国内放送の放送番組の編集等)
第3条の2 放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
1.公安及び善良な風俗を害しないこと。
2.政治的に公平であること。
3.報道は事実をまげないですること。
4.意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

今回問題となっている番組は、これに抵触していないのだろうか?

追記
共同通信の記事の見出しは女性団体がNHKなど批判 経産相も指摘認める(共同通信1月12日=goo news)となっていたが、内容をよく読むと中川氏が指摘を認めたのは団体の「政治的圧力は許されない」という主旨を一般論として認めているということである。
この見出しでは、政治的圧力をかけたことを認めたように読み取れる。意図的なミスリードだろう。

Posted at 10:39 in 社会 | WriteBacks () | Edit

Jan 13, 2005

青色LED訴訟・中村氏の主張には納得できない

青色LEDの特許問題(中村氏が“発明”した青色LEDについて、会社側に発明対価の支払いを求めた訴訟)が和解した。青色LED訴訟 8.4億円で和解 本人貢献度は5% 高裁勧告受け入れ(産経新聞1月12日=goo news)ということだが、「腐った司法に怒り心頭」 中村教授、帰国し批判会見(共同通信1月12日=goo news)とあるように、中村氏は納得していないようだ。 だが、私は中村氏の主張にも納得できない。

話の発端は、中村氏が日亜化学工業(株)に在籍中、当時、実現が困難といわれていた青色LEDの開発に成功したことにはじまる。 この“発明”は会社業務としてのものだとされ、特許は日亜が保有。中村氏には発明報償金が支払われた。この金額が不当に低いということで、訴訟に至ったということになる。
もちろん、既に中村氏は退社しているが、ここまで話がこじれたことに日亜と中村氏の(訴訟に至る以前からの)確執は承知しているし、日亜の対応にも疑問はある。 が、中村修二氏が、日亜化学との和解勧告直前の心境を語った(日経BP 12月27日)にあるように、中村氏の主張は対日亜の個別のものではなく、発明に対する普遍的なものとしているので、その事情は勘案しないこととする。

まず、日亜の決算を見ると、2003年12月決算は、売上高1,811億円、経常利益948億円、最終利益545億円とある。
利益率や成長率も見ると、青色LED及びその応用技術が会社利益に大きく貢献していることは間違いない。が、一審判決で示された200億円という支払い命令は、払えない金額ではないだろうが、最終利益の3割以上に相当するで、莫大な金額であることもわかる。

確かに青色LEDを単独だけでとりあげれば、そういう算出もできよう。
しかし、メーカーは成功する研究開発だけを行っているわけではない。
成功した研究を頂点とすれば、多数の失敗した(利益を生まなかったという意味だ)研究が底辺にある。そして、研究のための投資は、先人の成功した研究により得られたものでもある。
そうした多くの研究があったからこそ、青色LEDを生み出す研究ができたのだ。
逆にいえば、一つの成功した発明による利益を、他の研究に再配分するという構造によってはじめて継続的な企業での研究開発ができるということである。
中村氏の主張と一審判決からは、そうした観点が抜け落ちている。

そして、“発明”は、それ単体で利益をあげるものとは限らない。
今回でいえば、改良し、量産技術を確立し、営業し、生産管理し、販売管理しといった中村氏以外の人間の貢献もあったはずだ。
中村氏はそうした貢献には触れられておらず、青色LEDによる会社の利益は全て自分の功績であるかのようにしか主張されていない。
更に中村氏は「文系社会だ」と批難するが、ならば、典型的な文系業種である管理部門や営業部門は、たとえ訴訟を行おうとも億単位の金を手にできるというのだろうか?
自分の主張が通らなかったことによる「ためにする非難」にしかうけとれない。

そして、中村氏は「会社命令に背いて研究開発だから発明は個人業績だ」というような主張をしているが、これもおかしい。
「会社命令に背いた研究開発」は、会社のインフラを用いて行ったのではないのか。会社の業務時間に行われ、それに対して給与も支払われているのではないのか。あるいは、その間、“会社命令の研究開発”は同僚の研究者が肩代わりしてくれていたのではないのか。
中村氏は「アメリカでは~」と主張するが、契約社会であるアメリカで、会社命令に背いた研究開発を行っていれば、すぐにクビになるだろう。
日本的な雇用形態だからこそ、会社に残り、会社命令に背いた研究開発を続けることができたといえよう。
つまり、業務命令には背いたかもしれないが、あくまで企業の雇用下での研究開発としか私には捉えられない。

中村氏は「スポーツ選手は何億円も稼ぐのに」というが、スポーツ選手は成績が悪ければ若くして解雇もされる。ハイリスク・ハイリターンの中で生きている。
しかし、中村氏は、サラリーマンとして保障された中での研究開発というローリスクの中にいた。それでハイリターンを求めるのは筋違いではないか。
会社をやめ、ベンチャー企業をおこすなどして、ハイリスクの中に身をおけば、いくらでもハイリターンの可能性はあった筈だ。
結論的にいえば、中村氏の主張は、ローリスク・ハイリターンを求める都合のいいものにしか私には聞こえない。

ただし、いわゆる「発明対価」をはじめとする知的財産に対する評価、報酬について、現行のものが十分だとは私も思っていない。
知的財産立国を目指すというのであれば、法改正をはじめとして、十分な評価・報酬を行う仕組を整える必要もあるだろう。

余談。
中村氏が言う「高裁は山ほど提出した書面をまるで読まず、最初から和解金額を決めていた。これで正義の判断といえますか」というのも納得できない。
まず、民事裁判は(一般用語でいう)正義を判断するものではない。当事者間の紛争を法に基づき解決するものでしかない。
また、書面を読んでいなどと裁判所を非難しているが、これは、単に自分の主張が通らなかったことで、裁判所(裁判官)を誹謗しているようにしか思えない。書面をよまなかったという合理的な論拠でもあるのだろうか?
理系の割には、全く非論理的だ。

Posted at 10:49 in 社会 | WriteBacks () | Edit

Jan 12, 2005

カローラがTOPっていわれても……

昨年の乗用車販売 「カローラ」首位維持 総合力で2年連続(産経新聞1月12日=goo news)によれば、トヨタのカローラが2004年の乗用車(軽自動車を除く)車名別販売ランキングのTOPにたった。173,301台。二位はホンダのフィットで149,503台。その差は約2万4千台で、15%ぐらい販売台数が違う堂々の首位……と一見見える。 しかし、産経では“総合力”とされ、カローラ、フィット「2強時代」いつまで セダン回帰も(朝日新聞1月11日=goo news)では具体的にふれられているように、カローラは一車種ではない。

トヨタのHPにいってみればわかるとおり、現在、カローラとなっているのは、一般的に思い浮かべるカローラセダンの他、カローラフィールダー(ワゴン)、カローラスパシオ(2BOX)、カローラランクス(2BOX)と揃っている。 このうち、フィールダーはカローラという名称と込みでもちいらられているし、セダンに対するワゴンという位置づけで同名称は他車種でもよくみられるものだから“正当”な範囲だろう。しかし、スパシオ、ランクスは宣伝などでもカローラという名称が表に出てきていない。 コンセプト的にもカローラのフレームを使った別車種としてくくられるべきだろう。

一方、フィットは2BOX型のフィットと、セダン型のフィット・アリアという2車種だ。 これはもう、実質的にはフィットのほうが売れてると考えて問題あるまい。

統計のマジックといえばそれまでだが、そこまでして車名別一位をカローラにしたいというトヨタに呆れる。 そして、そこまでするからこそ、あの営業力が生まれるのだろうとも感心する。

Posted at 08:56 in 社会 | WriteBacks () | Edit

Jan 11, 2005

『自然保護』という傲慢さ

私は『自然保護』という言い方が嫌いである。
保護という言葉を辞書で引いてみれば、「危険・破壊・困難などが及ばないように、かばい守ること。」(三省堂『大辞林』第二版)ということだ。
つまり、強者が弱者に対して行うというニュアンスをもっている。
だが、いつから、人間は自然に対して強者になったのであろうか?

『地球にやさしい』という言葉も嫌いである。
別に温暖化しようと氷河期になろうと、地球という天体の寿命には全く影響あるまい。
生物にしたところで、その環境への適者がまた繁栄するだろう。
大型爬虫類が哺乳類にとってかわられたように。

つまるところ『環境保護』というのは『“人類が生存するのに都合のいい環境”の保護』でしかない。多少は割り引けば、“人類”というところに“人類と人間が感情移入できる生物”とあてはめられるだろうし、もうちょっと普遍的にいけば“現在の環境に適応している生物”とあてはめてもよい。
だが、いずれにしても、「自然」や「地球」のためではない。

かといって、最近の流行の小説や映画のように「地球(自然)を保護するには“人間”こそ排除すべきである」などという結論を導くつもりはない。
天災一つ防げない人間が、自然を破壊できると思ってることが傲慢だ。そもそも人類も地球の“自然”から生み出された存在であり、その所業もまた自然の範疇だと私は考えている。
人間は「森林」を破壊することはできる。だが。「雑草」を耕作地から排除することには完全には成功していない。
人間は「大型哺乳類」を絶滅させることはできる。だが、「害虫」を根絶することには成功していない。
つまるところ、その程度の存在でしかない。

思うに自然保護という考え方は、自然と人間を対立構造として捉えている西洋的な考え方だから生まれてくるのではないだろうか。
東洋思想的な、人間もまた自然の一部であるとみなす考え方とは少し外れている気がする。だから、この東洋思想的な思考から、もう一度、“自然保護”を見つめなおして見れば、あらたな展開が開けるのではないだろうか。

ちなみに、私は自然保護「運動」には結果論的に賛成である。
私も人間だから、人間が住みやすい環境を維持することには大賛成だからだ。
ただ、その偽善性と傲慢さが嫌いなだけである。

Posted at 10:22 in 社会 | WriteBacks () | Edit

Jan 07, 2005

悲願達成?

「防衛省昇格」法案、次期国会提出へ…公明が容認方向(読売新聞1月4日=goo news)ということで、ついに、防衛関係者の悲願であった防衛庁の省昇格が現実のものになりそうだ。

記事にもあるように主要国を見回しても、国防省、もしくはそれに相当する機関を省にしていないところは、ほとんどない。 防衛庁自身、国政における重要度といい、予算規模といい、あるいは実務内容をみても、通常の省と同等の仕事をしてきている。実態にそう合理的な判断といえよう。

もっとも、庁が省になったところで、短期的には大きな変化があるわけではない。
庁長官から大臣になったり、組織の名前・役職がかわったり、定形書類が全部差し替えになったりという程度だろう。
だが、日本において、ようやく国防問題がタブーから一般的な政治問題として語られるようになってきた一つの象徴となる。
その意義は小さくない。
もちろん、中・長期的に大きな意味をもつことはいうまでもない。

これが実現すれば、次は階級・用語の改称問題(自衛隊特有の迂遠な言い回しから、通常の軍事用語への変更。例:二尉→中尉、普通科→歩兵科、など)が浮上してくるだろう。 そして、さらには自衛隊の軍への“昇格”問題=憲法九条改定問題へと繋がっていく。

これらを“逆コース”としてとらえるか“正常化”としてとらえるかは、人それぞれだろう。 しかし、名前でおためごかしをするようなやり方は「異常」である。現実を現実として正しく定義した上で、それから、それをどうするかをはじめて論議すべきだ。

Posted at 09:07 in 政治 | WriteBacks () | Edit

Jan 06, 2005

TSUNAMI

 今回の海外報道でも気づくところだが、津波=TSUNAMIは、国際的に通用する用語になっている。その経緯などについては津波の比較史料学(都司嘉宣東京大学地震研究所助教授=大学共同利用機関法人人間文化研究機構国立歴史民俗博物館)が詳しい。
また、津波の英語表記、「TIDAL WAVE」やめて「TSUNAMI」に(AFP=時事通信12月30日=goo news)という記事もある。
実際、一般向け英英辞書などでも30年近く前にはTSUNAMIという単語が記載されているという。

つまり、英語などでは「津波」にしっくりと相当するような単語がないというのが、TSUNAMIが用いられる最大の理由だろう。
日本では地震となれば津波をまず警戒し、数分以内には気象庁が津波警報を出す。
しかし、今回、インドなどでは地震から数時間後の津波により大きな被害が出ている。
また、ブーケットなどでも地震の直後に潮が引くという典型的な津波の前兆現象があったにもかかわらず、避難をしていない。
あるいは、各テレビで報道されているように、観光客が迫ってくる津波を呑気に撮影していたりしていた。
単語がないというのは、その現象への概念が乏しいということだ。
日本では地震と津波はワンセットのように考えられているが、世界的には、むしろ津波にこれほど対処している国は珍しいということだ(他にはチリ、韓国、ハワイなどが津波への備えが厳重らしい)。
こんなところでも、日本の常識は必ずしも世界の常識ではないということを痛感させられる。

また、珊瑚礁諸島で形成される(つまり高台がほとんど存在しない)モルディブでは、インド洋津波:「日本の防波壁が首都を守った」モルディブ(毎日新聞12月28日=MSN-Mainichi)で報道されているように、とかく批判されがちなODAによる自然破壊を伴うような大規模開発(極地からの警鐘・モルディブ編・海洋侵食(西日本新聞02年9月3日)によれば「せっかくの美しい海岸が台無し―そんな批判も受ける」とある)が、実際に人命を救っている。
既に開発としてはかなり飽和状態にある日本国内とは異なり、お題目のように「自然保護」を唱えて批判するだけでは解決しえない問題があるということだ。
メリットデメリットを天秤にかけ、何を優先するのか。そういった相対評価を同時に行っていかねばならない。

現在、津波研究では先進国である日本の技術を導入するなどして、環太平洋やインド洋といった世界規模での津波監視システムの構築が提唱されている。
必要な仕組だろうが、費用も必要だ。鉄が熱いうちにうたねば、冷めてしまうだろう。
そうなれば、結局、また、一般大衆にしわ寄せがくる。
日本としても技術だけでなく、資金援助も不可欠だ。中国に年間10億ドルのODAを拠出しているくらいであれば、同じ資金をこうしたプロジェクトに投入すれば、日本の国益だけでなく、世界のためにも役立つだろう。

Posted at 09:40 in 社会 | WriteBacks () | Edit

Jan 05, 2005

伊勢神宮は政教分離議論の対象外?

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
本日から、本年の更新を開始させていただきます。

さて、新年といえば、恒例であるのが、これだ。
小泉首相、岡田・民主代表がそれぞれ伊勢神宮参拝(読売新聞1月4日=Yomiuri On Line)。歴代首相も必ず行っている新年の参拝である。
さて、靖国参拝には反対(気味?)である岡田民主党代表も参拝したようであるが、これらは靖国参拝反対論者の持論である「政教分離」には触れないのであろうか?
あるいは、伊勢神宮(正式には単に「神宮」)内宮は皇祖神を奉り、皇室の氏神とされ、明治には国家神道の頂点の神社ともされた。靖国参拝を「戦前への復古」「軍国主義に繋がる」というのであれば、伊勢神宮参拝も同様に責めるべきではないのか。

こうした「ダブルスタンダード」によって露呈するのは、靖国参拝反対論者の“理屈”が、「反対のための反対」に過ぎないということだろう。

Posted at 09:51 in 政治 | WriteBacks () | Edit



[PR]Zł̓check:𖳗GETI